050駐車場の攻防
(50)駐車場の攻防
新郷が怒りを隠さない。握った拳がわなわなと震えていた。
「俺の弟の武を殺したのもきさまか!」
蛇川は馬鹿にしたように肩をすくめてみせる。
「けけけ、いちいち殺した相手の顔なんか覚えてられるかよ! ただ、『兄さん、助けて……』って最期の言葉を残した奴は知ってるがな!」
おっさんは俺から借りていた『波紋声音』を懐中から取り出した。おいおい、唱える気か? 俺も唯も耳栓してないぞ……!
だが蛇川のほうが速い。奴はやけに優れた跳躍力を生かして、飛び蹴りを放ってきたのだ。新郷はもろに顔面を蹴られて吹っ飛ぶ。落ちた『波紋声音』はワンボックスカーの下に転がった。
「弟の後を追え! 『つぶて氷』!」
仰向けに倒れて動けないおっさんは、真上に現れた大量のつららに恐怖の表情を浮かべる。だが俺は『爆裂疾風』を唱えて氷の山を吹き飛ばした。
「起きろおっさん、俺はあんたの仇討ちまで背負いたくねえぞ!」
「すまん!」
蛇川が邪魔されたことに怒ったようだ。八尾刀を構えて直接躍りかかってきた。
「このガキぃっ!」
俺は八尾刀で刃を受け止める。次の瞬間、蛇川は俺の股間に容赦ない膝蹴りを突き刺してきた。どうやら俺を純粋な男だと信じて、睾丸を潰しにきたようだ。
にやりと笑う蛇川は、次に平然と『爆裂疾風』を唱えた俺に驚き、驚いたまま爆風の直撃を受けた。後方へ吹っ飛び、さっきと同じように背中から壁に叩きつけられる。最強の威力の突風を至近距離で浴びたのだ。今度こそ終わりだろう。
俺たちの戦いに興味をひかれた野次馬たちが、遠く俺たちを囲み始めた。
「映画の撮影か?」
「今のはワイヤーアクションってやつだろ」
「でもカメラはどこだ?」
そこで俺は信じられないものを見た。蛇川がにやにや笑いながら立ち上がったのだ。左腕が折れて反対方向にねじ曲がっている。それでも痛みは感じていないらしかった。
新郷が折れた鼻骨を押さえながら看破する。
「どうやらあいつは、あらかじめキメておいた薬で痛覚を鈍らせているみたいだな」
蛇川はぶつぶつつぶやいた。
「接近戦はこっちが不利か。……そうだ、いいこと思いついたぜ。これならどうだ? 『つぶて氷』!」
奴は嘲笑しながら、駐車場の他人の軽四に『つぶて氷』を叩きつける。車がひしゃげたかと思うと、直後に爆発が起きた。
「うわぁっ!」
俺と新郷は吹っ飛んで別の車に激突する。息がつまった。あまりのことに、周りの野次馬たちが驚愕していっせいに逃げ出していく。
「うわあっ、本物だっ!」
「でも何だよ今のは……っ」
「いいから遠ざかるんだよ!」
俺とおっさんは倒れ伏して激痛に苦しんだ。蛇川が勝利の笑いをひらめかせる。
「けけけ、動けまい。さあとどめだ、食らいやがれ! 『つぶて氷』!」
俺は観念して目をつぶった。
だが……
大量のツララに突き刺される前に、唯が蹴りを放って蛇川の八尾刀を吹っ飛ばしていた。結果、俺たちの頭上の氷群は、たいして加速もせずただ降ってきただけだった。もちろん痛いことに変わりはなかったが、死ぬほどのことでもない。
「このアマぁ!」
蛇川が激怒して、右拳で唯を殴り飛ばした。そのうえで再び『つぶて氷』を手にしようとする。
しかし俺はその動きを読んでいた。必死の思いで『爆裂疾風』を唱える。
「ぐぎゃあっ!」
奴はみたび爆風に吹き飛ばされた。痛みをこらえて起き上がった新郷が、走って『つぶて氷』を先に手にする。それを大きく構えてぶん投げた。
「俺の弟の苦しみを知って死ね!」
蛇川は逃げようとして足が折れていることに気がついた。彼の左胸に八尾刀が突き刺さる。深紅の薔薇がつかの間現出した。
「そんな……俺がこんな奴らに……!」
蛇川はそんな言葉を残して仰向けに倒れた。その胸に立つ小短刀は墓標のようにも思える。
奴は絶命した。




