048帰還
(48)帰還
立花は六田大学付属高校の教師として、単純に二階堂さんの死を無言でいたんでいた。しかし俺よりも早く立ち直った彼は、3本の八尾刀――『飛翔雷撃』、『波紋声音』、『水流円刃』を上着のうちに隠そうとした。だがかさばる。
「夏原、『波紋声音』はお前が持て」
曲玉をライト代わりにしながら、彼は俺に八尾刀を差し出した。
「いつまでもめそめそするな。行くぞ」
俺はその発言が信じられなかった。受け取りながら、険のある声を出す。
「行くって……二階堂さんを放っておいてか?」
立花はあくまで冷徹だった。
「後で教団のものに処理させる。今は一刻も早く上首尾を報告するだけだ」
上首尾? 上首尾だと? 二階堂さんが死んでるのに、何が上首尾だ!
俺はムカついたが、確かに今の状況では二階堂さんを正式に弔うこともできない。そのことを認めると、俺はよろよろと立花の後についていった。『水流円刃』で切られた傷が痛い。しかしそれ以上に、心には深い傷痕ができていて、地獄のように苦痛をもたらしていた。
外に出ると、曲玉の光は急速に消えうせた。
「陽光にはさすがに負けるか」
立花はさして気にもせず進んでいく。俺は続きながら、彼に呼びかけた。
「先生」
この呼び方が意外だったのか、立花はふと立ち止まる。こちらを振り返った。
「何だ」
俺は救いを求めるように問いかける。
「二階堂さんの人生は無駄じゃなかったよな?」
彼は少し考えて口を開いた。
「二階堂はナイトフォールの敬虔な信者だった。その教団の崇高な目的のために果てたのだ。無駄などではないだろう」
「そういうことじゃ……」
「夏原、自分の生涯を誇れるかどうかは、結局本人の思考によるのだ。残された人間は、それをもう知ることができないから、せめて推測するしかない。そしてその推測が定型的でつまらなくとも、それはそれなりに意味があるんだ。見送ったものの自己満足という名の意味がな」
俺は何もいえない。ただ黙って、再び歩みだした立花の後についていった。途中、ぽつりぽつりといた観光客に奇異の目で見られる。まあ全身びしょ濡れの男ふたりが――一方は傷だらけで――歩いているんだもんな。
俺と立花はどうにかセダンにたどり着いた。さっそく乗車すると、俺は救急箱から包帯や絆創膏を取り出し、自分の怪我をふさいでいく。立花は曲玉をポケットにしまい、エンジンを吹かして発車させた。
「それにしても、立花は凛太郎を『村田さま』、周平を『神田さま』って呼ぶほど腰が低かったのに、凛太郎を刺し殺したりするんだな。どういう心境の変化だ?」
「別に変化などしていない。ただ曲玉を奪おうとしたから阻止したまでだ」
「凛太郎は麻痺してたから、別に八尾刀で刺さなくても溺死したと思うけど……」
「二階堂の仇をこの手で討ちたかったからだ。文句があるのか?」
「いや、ねえよ」
ようやく萩市に着いたころにはとっくに日が暮れていた。立花がコンビニエンスストアに寄る。
「萩市本部に電話連絡をするから、そこで少し待ってろ」
彼は車を停めて外に出た。俺は車の往来の多さから、やるならここだな、と内心決意する。
立花が戻ってきたところで、俺はふところの八尾刀をつかんだ。
「『波紋声音』!」
立花が目を見開く。麻痺した体はシートにずり落ちた。
「悪いな、立花。曲玉とこの八尾刀、もらっておくぜ」
俺は彼のポケットをまさぐって、曲玉を手にした。『波紋声音』とともに上着の内側に隠す。それから財布も借りて一万円札を奪った。こいつは交通費だ。濡れてるけど。
立花が歯ぎしりしている。
「夏原……きさま……!」
「すまねえ」
俺は外に飛び出した。通りすがりのタクシーを、挙手で停める。行き先として指示したのは私立探偵・新郷哲也の事務所だった。




