046裏切り
(46)裏切り
凛太郎がしゃがみこんで俺の視界に入ってきた。その手には『水流円刃』……
「まずは以前俺さまに『爆裂疾風』をくれやがったお前からだ、夏原。あばよ」
切っ先が俺の喉に向けられる。もう駄目か……
「『水流……」
と、そのときだった。二階堂さんの叫び声が聞こえたのだ。
「ふざけないでですわ、あなた方!」
曲玉の光が右往左往する。乱闘の音が聞こえた。周平が、人間にここまでできるのかと思うほどの憎悪に満ちた怒声を放つ。
「貴様、どうして……! 僕の曲玉を返せ!」
どうやら二階堂さんの昏倒は擬態だったらしかった。彼女は凛太郎と周平が裏切るものだと予想して、いつの間にか耳栓をつけていたのだ。そうか、だから髪の毛を普段の団子からストレートに変えていたのか。耳元を隠すために……
「やっぱり裏切りましたわね! この曲玉を壊されたくなかったら八尾刀を捨てなさい、ふたりとも。私は本気ですわよ!」
二階堂さんの怒鳴り声が空間に反響する。どうやら『飛翔雷撃』の八尾刀を曲玉に突きつけているらしい。となると、たぶん地面にしゃがんで、曲玉を地面に置いたうえで脅しているのだろう。
だが凛太郎は脅しに屈したりはしなかった。彼は二階堂さんに剣山のような声を叩きつける。
「もし曲玉を傷つけたら立花と夏原、そしてもちろんお前の命はないぞ。そっちこそ曲玉を返せ」
「耳栓してるからよく聞こえませんわ。わたくしの要求どおりにしなさい、早く!」
硬質な音がした。周平が『波紋声音』の八尾刀を地面に捨てたらしい。優しい声で言った。
「分かった分かった、曲玉を返してくれないか。もう裏切りはやめるし、物騒なこといってる凛太郎も手なずけるから。ほら、凛太郎も」
ナイトフォールのエリートは、舌打ちして仲間の指示に従った。俺の前から離れ、『水流円刃』を地べたに置く。孤軍奮闘の二階堂さんは、ようやくほっとひと息ついた。
「……もし今度裏切ったら承知しないですわよ」
俺は声を出そうにも出せない。
「…………!」
二階堂さん、気づけ! 凛太郎も周平もまともじゃない。こいつらはゲス中のゲスだ、約束なんて守るはずがないんだ。
だが二階堂さんは周平に曲玉を渡してしまったらしい。彼女の声が聞こえた。
「さあ、渡しましたわよ。その八尾刀2本はわたくしが預かります。いいですね?」
周平が冷たい声で、ひとことしゃべった。
「凛太郎」
とたんに鈍い音がして、二階堂さんのうめき声が生じた。
「うっ……!」
凛太郎が彼女に蹴りを見舞ったらしい。彼はすかさず支配下の八尾刀を手にした。
「『水流円刃』!」
「…………っ!」
肉が寸断される異音。俺の背中に温かいものが付着する。見るまでもない、それは二階堂さんの鮮血だ。
俺は視界の端で倒れこんだ彼女の横顔を見つめた。血へどを吐いて、真っ青になっている。凛太郎が『水流円刃』で二階堂さんを切り倒したのだ。ひどい出血で、たちまち地面に真紅が広がっていく。致命傷であることは疑いようもない。
周平と凛太郎の大きな笑い声がこだまする。自分たちのしたことをまったく悪びれていない。俺の胸郭が怒りに満ちた。
よくも二階堂さんを……! 許せねえ……!
俺は極限まで力を振り絞り、歯をがちがちいわせる。動け、この馬鹿な体……! どうにか手探りで八尾刀をつかむと、周平に向けてその名を呼んだ。
「『爆裂疾風』!」
「うげぇっ!」
周平が最高レベルの爆風を受けて湖に落ちる。派手な水しぶきが上がった。『波紋声音』と曲玉が地面に転がる。凛太郎が驚愕していた。
「もう麻痺から立ち直ったってのか? 何て野郎だ」
無理がたたって全身が痛いが、俺は立ち上がって『爆裂疾風』を構え、再び唱える。




