043道永の滝
(43)道永の滝
臨時休暇を取った立花は、いつもどおりホンダのセダン・インスパイアを運転する。同乗者は俺、二階堂さん、周平、凛太郎の4人だ。みんな学校をさぼっている。とんだ教師と生徒たちだ。
目指す場所は伊良尾山の道永の滝。全員登山装備に身を固め、二階堂さん以外のおのおのが懐中に八尾刀をしまいこんでいた。
「着きました」
車を駐車場に停め、装備万端で降りる。二階堂さんがくる必要はなかったが、彼女は八尺瓊曲玉が発見される瞬間を見たくてしょうがないらしい。髪の毛は団子ではなく下ろしていた。耳まで隠れて邪魔そうである。
俺は二階堂さんに釘を刺した。
「あのな、曲玉があるかどうかなんて分からねえぞ。今回も空振りかも」
「人に新発見させといて無責任なことですわね」
ううむ、一向聞く気がない。それにしても……
「今日は借りられなかったのか、『放射火炎』」
「いえ、借りませんでした。目的地がはっきりしているので、みなさんの八尾刀があれば十分かと」
なるほどね。
晴天のもと、すずしい山道を歩いていった。やがて段瀑の滝に到着する。これが道永の滝か。
伊良尾山麓の洞穴から湧き出る清流が、70メートルの高さから三段に落下し、老樹の間にしぶきを散らす勇壮な滝だ。もっとも、どこから見ても一部しか見えないのが残念といわれているが。
でも、無心に落ちる滝を眺めていると、心がすっと晴れていくような不思議な感覚にひたれる。他の観光客が記念写真を撮っていた。
立花も同様に滝を眺めつつ、胸に手を当てる。こけた頬に落胆の陰があった。
「どうですか、村田さま、神田さま。あなた方の八尾刀は熱くなってきましたか? 俺のものはさっぱりですが」
「俺のは冷たいままだ」
「僕のも同様だね」
俺の『爆裂疾風』も右に同じだ。勢い込んでやってきただけに、少しムードが悪くなる。
立花はふたりのエリート信者にへりくだって提案した。
「まあここまでは従来も探した所です。せっかく来たのですし、今までよりもさらに厳重に調べてみましょう」
俺たちは滝の近くの公園へ向かった。その途上で川に差しかかる。短い幅だが橋がないので、渡河する際は石伝いに行かねばならない。他の4人はうまく渡れたが、俺はミスして少し靴が濡れてしまった。思わず愚痴る。
「防水シューズでも買ってくればよかったな」
公園に着いたが、やはり誰の八尾刀も熱を持たなかった。ここにもない。諦念がただよった。俺は山の上部を見上げる。
「こうなりゃやけだ、この滝の上段辺りも見ておこうぜ」
立花がうなずいて同意を示した。
「そうだな、二度と来なくてもいいように、徹底的に調べよう」
周平も凛太郎も異論はないらしい。
「滝が涙なら瞳はその源泉のはずだしね。行ってみよう」
「腹が減ったしめんどくせえけど、じゃあ付き合うか」
俺は二階堂さんを手助けし、全5名は遊歩道のない対岸の広場の奥をかき分けてのぼっていく。途中で看板があった。
『注意 ここより奥の山には「わな」があります。注意してください。わな数4個』
おいおい……獣でも出るのか? 俺たちが引っかかったらことだな。
「俺が先行します。村田さま、神田さま、俺の後をお通りください」
「当然だ」
「きばっていけよ」
立花に対してどこまでも無礼な凛太郎と周平だったが、俺も他人のことはいえない。でも、なんか腹立つなぁ……
俺たちは草木の間を縫って上っていく。地面はぬかるみ、俺がこけそうになるほど、一部の地面はもろかった。それでもわなにもかからずに、俺たちは先へ先へと進んでいった。
だが、八尾刀は熱くならない。




