042伊良尾山
(42)伊良尾山
悲恋から1ヶ月あまりが経過した。1982年6月のナイトフォール立ち上げからちょうど11年となり、教団は12年目に突入する。
その日曜日、俺は恒例の20キロマラソンを終えた午後、『真実の瞳』探索に当たっていた。教団ナイトフォールはこの11年で、萩市の公共施設や名所旧跡をしらみつぶしに調べたらしい。だが八尾刀が熱を持って反応することはついぞなかった。
そして現在も探索は行なわれている。今は山の中や川の近く、萩市に隣接する各市町村まで調査対象を広げていた……
「本当に八尾刀が熱くなるのかねえ、それすら疑わしいな」
今日の相方は二階堂香澄さんだった。今回も教団ナンバー3の山城光輝に『放射火炎』を借りている。
「きっとスサノオさまはわたくしたちを見放しはしませんわ。いつか、必ず、見つかるはずです」
俺たちは萩市堀内の旧児玉家長屋門を調べ終えたところだった。なんか曲玉探索にかこつけて、ふたりで観光してるだけのような気もするが……。ま、いいか。楽しいし。
「それにしても、『真実の瞳』か。『瞳』ねえ……」
ぼけっと思考する。空をからすが飛んでいた。
「――待てよ」
俺は素晴らしい発想にたどり着いたと思った。興奮して二階堂さんに話しかける。彼女は理解ができない、といった瞳で俺を見つめた。
「どうしたんですの?」
「『龍が通った道』ってあるだろ、阿武町に」
約40万年前、阿武火山群の伊良尾山は、高さ数キロにもおよぶマグマのしぶきを噴き上げる「ストロンボリ式噴火」をした。その結果、流れ出た溶岩が田万川カルデラ――火山構造性陥没地の川の水と接触し、爆発、粉々に壊れて降り積もった。それによってできた溶岩の湖が、今の上の原台地のもとである。
そうして溶岩の流路が龍に似ていること、地元で龍神伝説が語り継がれていることから、この地は『龍が通った道』と名づけられた。
おととし1991年、田万川町教育委員会により、専門家との緊急学術調査が行なわれ、玄武岩溶岩の柱状節理とその成り立ちが判明したばかりだ。
「あの頭である上の原台地、あそこに清麿は隠したんじゃないか? 頭といえば瞳もあるだろ」
二階堂さんは首を振り、そっけなく告げる。
「そこならとっくに調査済みですわ。八尾刀は熱くなりませんでした」
彼女は「でも」とつけ足した。
「『真実の瞳』が曲玉の名前ではなく、その隠された場所を示している、という考えは面白いかもしれませんね。なぜ『龍』ではなく『真実』なんでしょう?」
俺は頭をひねる。
「真実は本当の、という意味だ。龍が通った道の終わりである上の原台地ではなく、その逆、龍が通った道を作った伊良尾山が本当の頭なんじゃないか?」
「面白い発想ですわね」
「となると、瞳は何だろう」
「瞳なら涙も流すでしょうね。……ひょっとして道永の滝でしょうか? あそこは山伏が大山祗神、四国石鎚山波切不動明王をまつったと伝えられていますから、スサノオ信仰のナイトフォールもそれほど厳重に調査したわけではないと聞いておりますけど……」
「ふんふん。けど、何?」
「けど、山伏の子孫、市高吉之兵衛が、滝壺のそばの洞穴に黄金の茶釜を隠したという伝説が今も残っているのですわ」
茶釜とは無関係でも、ものを隠す場所にはうってつけというわけか。俺は心が高揚するのを感じた。早速腕まくりする。
「行ってみよう、現状動けるフルメンバーで!」




