041悲恋
(41)悲恋
源清麿は八尾刀を鍛造したあと、曲玉を吐き出してどこかに埋めた。それは萩市かその近郊にあると思われる。だが今まで誰もその姿をおがむことさえできていなかった。
本当に曲玉はあるんだろうか? 嘘っぱちなんじゃねえの? 実はとっくにどこか遠くへ持ち去られていたりとか? はたまた野生生物に飲み込まれてたりして?
俺は胸中でそうつぶやきながら、授業に耳を傾ける。平和すぎて眠くなり、あくびをかみ殺して黒板の内容をノートに書き写した。
にしても腹が減った。今日は学食で何を食べよう?
しかし、その問題はすぐに解決を見た。昼休みになったとき、女子テニス部のエース――向井渚先輩が1年B組の教室を訪れたのだ。ふたつの弁当箱を持参して……
「姫英くん、一緒に中庭でお弁当食べようよ。きみの分もあるからさ。どうかな?」
茶色いセミロングの髪に豊かな胸が目を引くが、何よりその魅惑的な黒い瞳が愛らしい。
「もちろんオーケーです!」
俺はふたつ返事で承諾すると、すぐさま彼女の後をついていった。学食代が浮いたのも嬉しかったが、憧れの先輩と昼食をお供できるなんて、曲玉発見より喜ばしいかもしれない。俺は最高の気分ですきっ腹を撫でた。
ふたりして中庭のベンチに座る。桜の木はすっかり緑おい茂り、微風に揺られてさざめいていた。春の魔法は解けていて、新緑が今深みを増している。
「はい、これが姫英くんの分よ」
「ありがとうございます!」
ピンクのプラスチックケースはふたが透明で、中がおぼろげに見えていた。早速開けてみると、白米にミートボール、レタス、カットされたトマト、タコさんウィンナー、卵焼きにハムと、嫌いな日本人はいないんじゃないかと思われる内容がぎっしり詰まっている。これはひとことでいって最高なんじゃないか?
「これ、全部向井先輩の手作りなんですか?」
「うん。ちょっと張り切っちゃって、作りすぎたかなって、少し心配なんだけど……」
俺は今までの生涯でこれ以上ないほど感動した。
「これの2倍あっても平らげられますよ! いただきます!」
こうして俺と先輩は楽しくおしゃべりしながら、仲良く弁当を使った。
「ぷはーっ! うまかった!」
「お粗末さまでした」
お互い弁当箱を空にすると、向井先輩は持ってきていた水筒で、紙コップにレモンティーを注いだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
何から何まで手が尽くされていた。ああ、俺は本当に幸せものだ。
と、そのとき、ふと彼女がおずおずと聞いてきた。
「あの、姫英くんさ。今……彼女とかいるの?」
俺は紙コップの中身を飲み干す。
「いませんよ」
沈黙が訪れた。それは長くなく、向井先輩は俺の目を真正面から見つめてくる。
「姫英くん。私と……その……付き合ってみない?」
なんと告白だった。俺は突然のことに、時間が止まったような衝撃を受ける。そしてすぐさま、
「も……」
もちろん、と答えようとして、俺は思いとどまった。
俺はナイトフォールに首を突っ込みすぎている。またいつかのように、向井先輩が凶悪な人物たちに拉致されるかもしれない。傷つけられるかもしれない。最悪、殺されてしまうかもしれない……。それを考えると、到底うなずけはしなかった。
返事は俺の胸をナイフでぐちゃぐちゃに切り刻むような、ひどい激痛をともなう。だが俺はその三文字を言い切った。
「ごめん……」
彼女はびくりと肩を震わせる。数回目をしばたたき、涙で瞳をうるませた。
「そっか。そっか……。じゃあ仕方ないね」
うつむいた横顔はとても悲しげで、澄明な水滴が頬を鮮やかに流れ落ちる。その後、無言で弁当箱を片付けると、向井先輩は赤い目をしたまま俺を残して立ち去っていった。
俺はいたわりの言葉を何もかけてやれなかった。かけたところで意味もない。
さらば俺の2番目の恋。天国から地獄への激しい転落。胸が塞いで、潰れて、きりきり痛む。
チャイムが鳴るまで、俺は次々と流れ落ちる自分の涙を必死でぬぐっていた……




