039夏原寛治
(39)夏原寛治
俺は午後の授業と文芸部にはきちんと出席した。立花に提出した『宿命』の感想文は、ペケばっかりつけられたうえで駄目出しされ、他の図書でやり直しとなってしまったが……
その後、俺は帰宅した。両親と妹との晩飯の席で、彼らに祖父の夏原寛治と勝間龍覇のことを尋ねる。
「勝間龍覇か……あんまりいい印象はないな」
親父はアサヒビールを飲みながら、それでも親切に答えてくれた。
「姫英、お前のおじいちゃんは商家の長男だった。曾祖父は金を工面して、おじいちゃんを山口県立萩中学校に入学させてくれた。そこの後期中等教育で出会ったのが勝間龍覇だったんだ。おじいちゃんは世間に、世界にあらがうように生きる勝間の、唯一の理解者となった。無二の親友だったそうだよ」
へえ、そんな前から知り合いだったのか。
親父はおそらくじいちゃんから生前聞かされていたであろう話を、思い出しつつ口にしていく。
「おじいちゃんはその後、いったん彼と別れて、1949年に発足した山口大学へ進学した。文理学部では活字の世界におぼれたそうだよ。その頃が一番楽しかったと、いい笑顔で語っていたね」
ううむ。俺はたまたま文芸部に入ったけど、やっぱり血筋があったのかな。
「おじいちゃんはその文芸への知識を生かして、卒業後は大型書店に就職した。書店員として数年間のんびり働いたそうだ。おじいちゃんはそこで妻の保子を得た。そのまま『その他大勢』に埋没して、人生を終えていくのだろう、と他人事のように考えていたときだった。おじいちゃんは勝間に声をかけられたんだ」
親父は肴の刺身を箸でつまんで、口中に放り込んだ。
「勝間の口説きに負けたんだろうね。おじいちゃんは37歳で政治の世界をこころざしたんだ。1968年7月7日の参議院議員選挙ですんなり当選し、以降は自由戦務党で勝間とともに国内外の諸問題に取り組んでいった……」
酔っているせいもあろうが、親父はなんとなく得意げだった。
一方、お袋は自分の頬に手を当てる。その顔色が陰っていた。
「それなのに6年前、体中に穴が開いて、大量出血した変死体で見つかったのよね……」
少し辛いことを思い出させてしまったようだ。でも、それなら質問は今回に集中させて、今後しなくていいように、もっと切り込んでおくべきだ。
俺はせがんだ。
「その辺り、もう少し詳しく教えてくれないか?」
親父が苦笑してビールを注ぎ足す。
「何だ姫英、急におじいちゃんに興味を持ち直したのか?」
喉をうるおして、彼は再びしゃべり出した。
「どうやらおじいちゃんは、勝間が立ち上げた新興宗教ナイトフォールが、信者に寄進をせまったり、悪徳な霊感商法を行なうことに、いい印象を抱いていなかったみたいだね。それでいつだったか晩飯の席で、彼は『勝間を止めなければならない』としきりに繰り返していた。その数日後だ、おじいちゃんが亡くなったのは」
俺と妹の光は、初めて聞く事実に目を丸くした。とんかつを食べようとしていた手を止める。
「じゃあ警察だってぼんくらじゃないんだ、龍覇がじいちゃんの死に関係がありそうだって気づくだろうに。何で龍覇に、彼の教団ナイトフォールに捜査の手が伸びなかったんだ?」
これにはお袋が答えた。小食の彼女は、すでに食後のお茶を喫している。
「あの宗教は政財界に懇意の人物がたくさんいるそうで、警察もうかつに手を出せないみたいよ。何にしても、もし勝間さんが関係していたとしても、あんな死に方をさせるような技術はないでしょう」
俺はうつむいて押し黙った。いや、ある。そんな力を持った八尾刀が、きっと存在するに違いない。
それにしても、勝間龍覇に夏原寛治。ふたりの親友は、最後に道をたがえてしまったのか……




