004立花慎二
(4)立花慎二
「へえ、与太中学の出なのか、上山は。あそこはだいぶ荒れてるって聞いてたけど」
自転車置き場にBMXを停める。校舎に向けて並んで歩き出した。
「ああ、何かあればケンカしてたな。授業もほとんど聞いてなかったし。俺を含めて、生徒は全員馬鹿だった」
「それで幼なじみの私が、それじゃ駄目だって勉強教えてあげて、どうにかこの六田高に入れたってわけ」
「なるほどね」
俺と上山、浜辺さんは、楽しくおしゃべりしながら1年B組に入った。しばらくすると、担任の葛西が入室してくる。生徒たちがあわてて自分の席についた。また後でな、と上山は自分の席へ戻っていく。
「よーし出欠取るぞー!」
葛西が自慢の大声を放っていった。
名前を呼ばれた生徒が挙手して返事をする。そしてその流れで、俺は二階堂香澄さんが休みであることを知った。
彼女はあの後無事に帰れたのだろうか。少し気になったが、何より小短刀を返しそびれて残念に思った。まあいい、時間はある。明日は来るだろう。
やがて2時間目、英語の授業が始まった。
教師の立花慎二は成熟した美男子で、おん年28歳。茶色い髪を後ろに撫でつけていて、すらりと背が高かった。鼻梁や唇のライン、こけた頬などは芸術家のものした彫像のようだ。
彼は教壇に両手をついた。生徒たちを見下ろし、ハスキーボイスで語る。
「高校3年間は短い。光陰矢のごとしだ。俺はこの六田大付属に転任して1年になるが、貴重な時間を無駄に浪費する馬鹿どもを多数見てきた。知識か肉体、あるいはその両方を鍛え上げておけば、今後死ぬまで財産になるというのに、奴らは遊び呆けてその機会を棒に振っている。今後も振り続けるだろう。お前らはそうならないようにな」
ん? 何だこの話。俺がはてなマークを頭の中に浮かべていると、彼はせき払いしてチョークを手にした。
「……ガラにもなかったな。では、授業を始める」
隣の席の浜辺さんが、俺にこそっと話しかけてくる。
「あの立花先生、先輩の話では怜悧冷徹で氷のような人だって言われているのに、今日は珍しく生徒を気にかけたね。不思議だよ」
何かあったのかな? 俺はうなずいて、立花の広い背中を眺めた。
授業はとどこおりなく終わった。次は国語の授業だな。俺が準備していると、急に低いトーンで誰かに話しかけられる。見上げれば立花だった。
「お前は確か夏原姫英だな。少し聞きたいことがある。ちょっとついてこい」
「分かったっす」
俺は席を立った。立花は廊下まで俺を誘導して振り返る。眼光がやけに鋭い。
「お前は昨夜、二階堂香澄と会っているな?」
俺は少し悩んだ。あのとき現場には二階堂さんと酔っ払い、そして俺の3人しかいなかった。酔っ払いが立花と知り合いでない限り、二階堂さんが立花に昨晩のことを話したと考えるのが自然だ。彼女は「見なかったことにしてくださいませ!」といっていたが、そういうことなら立花に話しても大丈夫だろう。
「ああ、会ったよ」
正直に答える。立花は首肯して次の質問に移った。
「この程度の大きさの小刀を見なかったか? 木の鞘と白いプラスチックの柄なのだが」
20センチから25センチほどの間隔で、両手を持ち上げる。俺の小短刀のことだ。
俺はしかし、今度は嘘をついた。
「いや、知らないっすけど」
「そうか。ならいい」
立花はそうつぶやくと、もう用はないとばかり、背を見せて歩み去っていった。淡白な人だ。
俺は二階堂さんの落とし物について、立花に話す気にはなれなかった。なぜなら、もし俺がうなずけば、彼女が俺の目の前で小短刀を落とした事実が確定するからだ。
二階堂さんと立花はつながっている。彼女が「落としたと思ったのは気のせいでした」と立花に報告し、軽いミスで済まされるには、俺が二階堂さんにこっそり小短刀を手渡す必要がある。そう判断したわけだ。
それにしても、二階堂さんと立花のつながりって、何なんだろうな。教師と生徒以外の関係って、いったい……