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038勝間龍覇

(38)勝間龍覇(かつま・りゅうは)


「入信しただとぉ?」

 新郷哲也(しんごう・てつや)は声を裏返した。相変わらず髪は申し訳程度にセットされ、無精ひげと太い鼻がひときわ目立つ。よれたジャケットにネクタイなしのワイシャツとズボンという格好だった。

 ここは新郷の探偵事務所だ。助手の桧垣唯(ひがき・ゆい)がコーヒーカップを俺の前に置いた。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 まずいことで有名な彼女のコーヒーも、眠気覚ましにはちょうどいい。俺はひと口すすり、泥のような味わいに眉をしかめた。

 俺は午前の授業をさぼり、新郷に昨日の詳細を打ち明けていた。それが今ようやく終わったところだ。

 郡川からは新郷に接触するなといわれていたが、そんなものは無視している。一応尾行者がいないことは確かめたけど。

「まあしょうがないだろ。家族や友人を守るためなんだから」

「確かにそれ以外に方法はなし、か」

 おっさんはとりあえず、俺の先走った行為を容認してくれたみたいだった。重く質問してくる。

「それで、これからのナイトフォールでの活動で、何か決まったことはあるか? 新興宗教らしく、スサノオ信仰のための修行とかあるだろ、何か」

 俺は立花から聞いた話をそのまましゃべった。

「いや、それは200万円以上の寄進をした信者しかやらせてくれないらしいぜ。何をやるのか知らねえけど、まあどうでもいいや。……ともかく俺は曲玉探索に付き合うことになってる。『爆裂疾風』を持ってあちこち移動して、刃が熱を持たないかどうか探るんだとよ。持ったら近くに曲玉がある、って話なんだけど、眉唾(まゆつば)だよな」

 ところでさ、と話題を変える。

「ナイトフォール教団代表の勝間龍覇って、どういうやつなんだ? 詳しく知らねえんだけど。立花も教えてくれなかったし」

 新郷は煙草に火を点けた。銘柄はキャスターマイルドだ。

「俺の弟の(たけし)が生前調べていた龍覇の履歴によればだな……」

 そう前置きして、彼は語りだした。


 勝間龍覇は1930年12月頃、山口県萩で生まれた。戦災孤児だったところを米農家に拾われ、労働力としてこき使われた。しかし勉学に才能を示したので、義父は彼を山口県立萩中学校へ通わせる。

 そして第二次世界大戦の直後、1946年に後期中等教育機関に進学した。ちょうどその数年後に、学制改革によって旧制中学校が廃止され、山口県立萩高等学校が発足された。高等学校の誕生にたまたま出くわしたといえるな。

 それはともかく、萩中学校で待っていたのは、貧しい龍覇と周囲の生徒たちとの経済的格差だった。鉛筆に消しゴム、定規にコンパス。どれも龍覇は持っておらず、友人から借りたり安値で譲ってもらったりした。それは彼にとって屈辱だったらしい。

 家さえあれば……金さえあれば……両親が健在であれば……。龍覇は歯ぎしりしたそうだ。そうして彼は金を稼ぐことに執着するようになる。1949年に発足した山口大学に通いたかったみたいだが、義父は金の面で容認しなかったらしい。龍覇はこれもトラウマとして抱えるようになる。

 こうして彼がたどり着いたのが政治の世界だった。1965年7月4日、高卒ながら自由戦務党公認で参議院議員選挙に出馬した龍覇は、34歳で見事当選する。着実に大金を稼ぎ、知人友人を増やし、彼は大樹の陰へと寄っていった。


 新郷が煙草を灰皿でもみ消した。

「で、まだ任期を残しながらも『真実の瞳』にイカれちまって、1982年――51歳で政界を引退。ナイトフォールを立ち上げる、ってわけだ」

 俺はコーヒーを飲み干し、カップを置く。龍覇はじいちゃんと新郷武さんの仇なんだろうけど、結構つらい人生だったんだな。

「苦労人か」

「そんなところだな。とにかく『真実の瞳』を手に入れれば、若いころの自分を救えると思ってるふしがある……そう武はいっていたよ」

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