037信仰
(37)信仰
今ここにいる全員が八尾刀の支配者なんだよな。俺は『爆裂疾風』、立花は『飛翔雷撃』、凛太郎は『水流円刃』、周平は『波紋声音』、山城は『放射火炎』、郡川は『刺突岩盤』。全8本のうち6本がずらりとそろっている。
この中でじいちゃんと新郷武に無数の穴を開けて出血死させた能力は、名前からして郡川っぽい。とはいえ即断は禁物だ。
ところで……
「八尺瓊曲玉は、八尾刀を持ってないと探せないんだよな?」
山城がさわやかな笑顔で答えた。
「まあそのとおりだよ。勘を頼りにあちこち掘り返しても、あるいは見つかるかもしれないけどね。確率的に0といっていい。やっぱり八尾刀を持って、それが熱を帯びるまであちこち歩き回るほうが効率がいいんだ」
「だから八尾刀は、ひとりで8本全部所有したりせず、8人に1本ずつ渡っているのか?」
「うん、そうそう。8人で探せるからね。あとの2本も2人が所持してるよ。……まあ、八尾刀を借りて探すのもありなんだけどね」
なるほど、そういうことか。俺も入信したことで、これからは曲玉探索に駆り出されるんだろうな。
「教団代表の龍覇もひと振り持ってるだろうから、後もう1本、誰が持っているのか教えてくれよ」
立花が俺の頭をはたく。俺の無礼な問いかけにイラついているらしかった。答えたのは郡川だ。
「深入りしすぎですよ夏原くん。私たちもしゃべり過ぎましたが……」
氷のような微笑みを浮かべて、やんわりけん制してきた。ううむ、郡川の八尾刀と後2本の能力は分からないか。少しがっかりだ。
ともかく俺の入信は確定した。立花が俺の頭を押さえつけて一緒に土下座する。
「みなさんのお時間をいただき感謝の念にたえません。このあたりで失礼いたします」
彼はそうへりくだって退出のあいさつをすると、あくまで低姿勢で俺とともに靴を履いた。郡川がやわらかく見送ってくれる。
「ごきげんよう、おふたりとも」
「ははあっ」
「じゃあ」
俺たちは受付嬢の前を通り、エレベータで1階に向かった。その中で、立花は俺に説教する。
「いい加減お前の態度の悪さにはうんざりさせられた。夏原、お前はもっと礼儀作法について学ぶべきだ。初歩の初歩からな」
「はいはい、悪かったよ」
俺はふてくされて生返事した。ついでにつついてみる。
「それにしても立花って、あんなに厳しい感じの授業をしてるくせに、教団の序列の上ではへいこらするんだな。意外だった。周平に神田さま、凛太郎に村田さまとかいっちゃってさ」
「それは宗教というより社会の構図だからな」
行きと同様、帰りもセダンでのドライブだった。俺は窓の外を流れる町並みを眺めながら、なんとなしに聞いてみる。
「立花。ナイトフォールを信仰して幸せか?」
彼は華麗なテクニックで車を操った。車内では煙草は吸わないらしい。
「『飛翔雷撃』を手にしてからは、特にスサノオさまの存在を身近に感じている。これほど心安らぐことはない。お前は違うのか?」
「違うに決まってんだろ」
俺はあほらしく答えた。
「それにしても、俺が性同一性障害だってあいつらにいわなかったな。何でだ?」
立花はあくまで無表情な横顔で、こちらを一瞥すらしない。
「お前は自分が男だと信仰して幸せなのだろう? ならそれを邪魔する権利は俺にはない。むしろ秘密を知る教師として、秘匿に手を貸すべきだと思っている。それとも、しゃべってほしかったか?」
「いいや」
車は夕暮れの街を滑らかに進んでいった。
「立花ってある意味、教師の鑑だな」
「ほめても何も出んぞ」
「期待してないよ」
しかし俺は内心、ありがてえことだと感謝していた。




