036支配者たち
(36)支配者たち
「その後はどうなったんだ?」
俺の問いかけに、郡川が耳元の髪をかき上げた。いい香りがした。
「谷中さまが13年前の1980年に亡くなられた際、その秘蔵していた文書――『真実の瞳』関連のものが表になりました。もちろん八尾刀の存在をご存じなかった勝間龍覇さまは、親戚ともどもその文書を廃棄しようとしました。荒唐無稽な作り話だ、とお考えになられて……」
そりゃそうだろうな。
「しかし、谷中さまの別れた元妻である郡川美紀子――私の祖母ですが、彼女は龍覇さまへ、保管していた八尾刀を見せたのです。その能力を目の当たりにされた龍覇さまは、『真実の瞳』の実在をご信じになられ、あわてて文書をすくいあげられました。そして2年後、政界を引退して新興宗教『ナイトフォール』を立ち上げられたのです。自らが代表となり、スサノオさまへの信仰と『真実の瞳』の探索とを理念として掲げて……」
俺は意地悪く考える。……それで、ナイトフォールの霊感商法を告発しようとした国民元首党の加賀谷浩輔の不審死と、俺のじいちゃん夏原寛治の死、私立探偵・新郷哲也の弟――新郷武の死につながるわけか。
そして、じいちゃんと新郷武は同じ死に方――体中に無数の穴を開けられて、出血多量で亡くなっている――。新郷哲也はどれも八尾刀の能力で殺されたんじゃないかと疑ってたっけ。
「何考えてるんだ夏原」
周平の声で俺は我にかえった。
「何でもねえよ」
俺はふと疑問を思い浮かべる。新郷のおっさんは、ナイトフォールが用心のために八尾刀を定期的に移動させているとかいっていた。そしてあのとき、二階堂さんは『放射火炎』と『爆裂疾風』を、鞄に収めて持ち歩いていた。その情報を内通者から受け取った新郷が、彼女に迫ったわけだけど――
「『爆裂疾風』と『放射火炎』は支配者がいなかったのか?」
それに答えるように、山城は懐から『放射火炎』を取り出した。畳に置く。
「『爆裂疾風』の前の持ち主、それから『放射火炎』の前の持ち主が亡くなって、どちらも支配者化が解けたからね。二階堂くんはそれらを移動させる任務を帯びていたんだよ。今、『放射火炎』は僕が支配者化している。夏原くん、君が『爆裂疾風』の支配者と化しているのと同じようにね」
持ち主が亡くなった、か。そいつが自然死だったのか疑わしいところだ――なんていったら袋叩きにされるか。
「郡川はどうなんだ?」
さすがに彼女もかちんときたらしい。眉間にしわを寄せてきっぱりいった。
「その無礼な態度をつつしみなさい。……『刺突岩盤』を支配者化しています。それにしても、このナイトフォールに私立探偵との内通者がいるなんて、まったくふざけた話です。早急に見つけ出して、適切な処罰を与えませんと……」
物騒なことを口にする。俺は、新郷哲也の言う内通者とは誰のことなのか、さっぱり分からなかった。
二階堂さんや立花はまず違うだろうし、凛太郎と周平も問題外だ。郡川と山城も、幹部が探偵に内部事情を伝えて何の得があるというのだろうか。
やはり探偵仲間を、その情報を伏せて、一般信者として教団に潜り込ませているのだろう。それなら俺やこの面々に分かるはずもない。ボロでも出さない限りは。
……いや、待て。一般信者だとしたら、何で二階堂さんが2本の八尾刀を運ぶなんていう極秘情報を知りえたのか、という疑問が出てくる。これは分からない。
新郷は教えてはくれないだろう。内通者の身に危険がおよぶことを危惧して。結局これは、最後まで分からずじまいになりそうだった。
「夏原くん、あなたも新郷とかいう探偵とは以後付き合わないように。いいですね」




