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035刀工

(35)刀工


 凛太郎と周平が加わって、俺たちは輪になって座った。俺は改めて幹部ふたり――郡川と山城への質問を再開する。

「さっき源清麿(みなもと・きよまろ)っていってたけど、そいつは何もんなんだ?」

 立花はもうあきれ果てたか、敬語を使わない俺にお(きゅう)をすえなかった。山城が軽やかに答える。

「江戸時代後期の伝説の刀工だよ。水心子正秀(すいしんし・まさひで)大慶直胤(たいけい・なおたね)と並んで『江戸三作』と称された、新々刀(しんしんとう)の代表的な刀匠なんだ」

「江戸三作? 東京辺りの職人が、何でこの山口県萩市と関係あるんだ?」

「源清麿はまだ山浦正行(やまうら・まさゆき)を名乗っていた頃、すなわち1842年の暮れに、なぜかこの長州萩を訪れたんだ。そして2年間、この地で作刀に励んでいるんだよ。その理由にはいろいろ説があるけど、真の八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)――『真実の瞳』を試したかったからだというのが僕らの見解さ。清麿はその曲玉が壇ノ浦(だんのうら)で失われた本物であると信じて、それを飲み込んだ。そうして鍛造したのが、僕らに伝わる八尾刀というわけさ」

 ここで郡川が引き取った。柔らかな笑みを浮かべている。

「清麿は不思議な力を持つ八振りの小短刀を作りました。しかしそれらを、彼は一切表には出さず、ただ書き付けを残しました。それは以下のとおり――

『「真実の瞳」の力は決して人に与えてはならない。さもなければ、壮絶な不幸が彼の身に降りかかるであろう。私は「真実の瞳」を吐き戻し、近くの地に隠した。なぜ砕かなかったか? それは、真に正義の力を欲するもののためだ。世間を巻き込んでひっくり返すこの宝石は、この国の人々が窮状におちいりどうにもならなくなったときのために、あえて残しておく。もっとも、飲み込んだものはその後、身を引き裂かれるような苦悶を受けるだろうが』

――意訳ですけれど。ちなみに源清麿はその後江戸に戻り、12年後の1854年11月24日、42歳で自刃して果ててます。深酒がたたったそうですが、それだけではなかったとわれわれは見ています。きっと曲玉を手放してのち、八尾刀のような能力あるものを作れなかったことが、世をはかなんだ一端であろうと」

 俺は引っかかりを正そうとする。

「ちょっと待った。この刀のどこにも(めい)はなかったぞ。どうして源清麿の作だって分かったんだ?」

 回答は周平によってなされた。

「作風が相州伝(そうしゅうでん)で、刃文が()の目乱れ、しかも平地に白髪(しらが)筋が現れていて、さらに左利きでヤスリ目の傾きが逆なんだ。長州萩を訪れた清麿の作と見て間違いないよ。それに『真実の瞳』に言及した人間は彼が初めてだからね。疑いようもない」

 なるほど。しかしまだ疑問がある。

「二階堂さんに聞きそびれていたけど――その八尾刀が、どうして南南西の宇部市の炭鉱で発見されたんだ? えらく離れてるじゃないか」

 凛太郎が馬鹿にしたようにいった。

「そりゃお前、清麿が萩での弟子のひとりに持たせて、そこへ運ばせたんだろう、誰にも見つからないようにな」

 山城が口を挟んだ。

「宇部村では江戸時代初めに石炭が発見されていてね。瀬戸内(せとうち)塩田(えんでん)用としてその需要を伸ばしていったんだ。そんなときだから、清麿も隠しやすいと思ったんだろう。せっかく生んだ八尾刀を、壊すには忍びないし、かといって乱用されても困る。その結果が宇部村の炭鉱への廃棄だったんだよ」

 そうか、それを発見した抗夫が炭鉱騒動の際に使って、また世に出てきたわけか。

「そして、最終的に軍医の谷中理に渡って、『真実の瞳』に関する各種文献が歴史から掘り返されたのか。納得したよ」

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