034入信B
(34)入信B
立花がうやうやしく報告する。
「この夏原姫英なるものは、八尾刀『爆裂疾風』を所持しており、なおかつ支配者化しております。こやつは入信するうえで、その保持を求めております。そのことをお認めいただけますでしょうか?」
郡川は彼の顔に笑みを向けた。
「六田大学付属高校に暴走族が乱入して倒された件は、すでに二階堂香澄より報告を受けています。それが夏原くんの『爆裂疾風』によるものだったことも。彼女からも、立花のような話をあずかっています。我々は……」
郡川は俺に目を合わせた。えもいわれぬ圧力と、それとともに限りなき美を感じる瞳だ。
「我々はすでに協議しており、そのことに関しては了解の形で結論を得ています。夏原くん、『爆裂疾風』を大切に扱ってくださいね」
俺は気がついたら肩の力が抜けていた。どうやら俺の相棒は、まだ相棒であり続けてくれるらしい。
郡川は「さて」と雰囲気を一変して手を叩いた。
「夏原くん、ナイトフォールにキリスト教のような洗礼の儀式はありません。ですが、一応の意志を示す約定書は書いてもらいます。なに、住所と名前、電話番号、それから誓約するとの一筆をしたためればよいのです。別にそれを使って寄進を迫ったりはしません。男子高校生にそこまで期待することなどありませんから。今後『爆裂疾風』を所持していく上で、われわれを裏切ったりしないよう、今の気持ちを形に表すだけです」
俺は立花を見て、彼がうなずくのを確認した。山城が差し出した紙に、ファイルを下敷き代わりにして一筆する。朱肉に親指の腹を押し付けて、母印を押した。それを山城に返すと、彼はファイルにていねいに挟み込む。
山城は天然らしい素朴な真面目さを発揮した。
「ではこの瞬間から、きみは正式にナイトフォールの一員だ。なにかこれからに向けて質問はあるかい?」
俺は以前から疑問に思っていたことを質してみる。
「普段はどうやって『真実の瞳』を探索してるんだ? あちこち掘り返してるのか?」
直後に後頭部に激痛が走った。見れば立花が拳骨を握っている。あれで殴られたらしい。
「敬語を使え、愚かものが」
山城が「まあまあ」と立花をなだめる。
「それは夏原くん、きみも持っている八尾刀の力を使ってるんだ。実はそれには『真実の瞳』に近づくと刀身が熱くなるという性質があるらしい。あくまで源清麿の書き付けによればだけどね」
「源清麿?」
そこで扉がノックされた。郡川がどうぞ、と呼び込む。入ってきたのはなんと村田凛太郎と神田周平だった。向井渚先輩をさらって傷つけた、クソの中のクソ野郎たち。漆黒の学ランを着ている。
俺は一気にあのときのムカつきを思い出した。モヒカンの凛太郎が俺に気づき、一気に険悪な表情になる。
「あーっ、てめえ!」
彼は服の内側から『水流円刃』を取り出そうとするが、金縁眼鏡の周平が手で押さえて止めた。
「凛太郎、やめるんだ」
「だけどよぉ……! おい夏原姫英、この前はよくもやってくれたな。この場でぶっ殺してやる! 八尾刀が駄目なら、男らしく拳で勝負だ!」
俺も熱くなる。立ち上がって指の骨を鳴らした。
「いいぜ、やったらぁ! ふたりまとめてかかってこい!」
「何だと!?」
「おい凛太郎、落ち着け。夏原も挑発するな」
俺は周平にも食ってかかった。
「けっ、ふたりそろっても俺に勝てねえから逃げるのか? この薄ら馬鹿が!」
周平の顔色が変わる。さっと青ざめた表情には危険ないろどりがあった。
「何だと……! 今の言葉を取り消せ! さもないと酷い目にあうぞ!」
「うるせえ、ぐだぐだいってないでかかってこい!」
立花と山城が間に割って入る。
「周平さま、凛太郎さま、落ち着いて!」
「よすんだ、3人とも」
ここまで黙って聞いていた郡川が、満を持して大喝した。
「あなた方はこの聖なる場所で不埒な行為をしようというのですか? スサノオさまの御前ぞ! 控えなさい!」
その言葉には刃のような鋭さがあった。俺と凛太郎、周平は落雷に打たれたように停止する。そのまま佇立した。
山城が俺たちを引き合わせて真面目に告げた。
「ほら、郡川さまに謝罪して。それから仲直りの握手をするんだ。そうしなければ、八尾刀を返してもらうよ」
有無をいわせぬ気迫があった。単なるいい人ではないらしい。俺たちはしばらく無言でにらみ合った後、結局彼の言に従った。
「すみませんでした」
俺はいやいやながら、凛太郎、周平と握手して和解する。一応休戦ってところか。
「それで、今日はどうしたんだい、ふたりとも」
山城の問いかけに、周平は恐縮した。
「郡川さまと山城さまに、お目通りをしておきたかったんです。あまりおふたりがそろうことがないものですから」




