032幹部たち
(32)幹部たち
そして日曜日になった。今日は恒例の20キロマラソンをせず、妹の光に不審がられる。しかし俺は適当にごまかして、私服で外へ出た。行き先は近くの公園だ。お、いたいた。
ホンダのセダンが停まっていて、それに寄りかかって立花慎二が煙草を吹かしていた。俺の接近に気づいたようで、こちらへ顔を向ける。
「まだ約束の時間より20分早いが、まあ遅れるよりはいいだろう」
あんた早すぎるな……。彼は煙草を捨て、靴のかかとでもみ消した。俺はセダンを眺める。
「これインスパイアってやつだろ」
べたべた触ってみた。立花はめずらしく苛立つ。
「こら、素手で触るな。手汗がつくだろ。……さっさと乗れ」
俺は助手席に乗ってシートベルトを締めた。立花が運転席に座る。新車のにおいがした。
「これからナイトフォール萩市本部へ行くんだろ。近いのか?」
「ああ、車で15分ほどだ。それより、今日のことは家族には言わなかったな? 『爆裂疾風』は持っているんだな?」
俺は服の袖からガムテープでぐるぐる巻きにされた刀身を見せる。
「もし俺にこの前の『飛翔雷撃』を見舞ってきたら、こいつでこの車ごとぶっ壊してやるからな」
一応脅してみた。立花は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ふざけるな。まだローンが残ってるんだ」
俺はぷっと吹き出した。
「立花って結構おもしれえな」
「くだらん口をきいていたら舌を噛むぞ」
「うわっ」
立花はアクセルを吹かし、車を急発進させた。
そして到着したのは、駅近くの5階建ての豪華なビルだった。午前の陽光を反射する窓ガラスはみずみずしく、美女の肌を思わせる。各階を借りている企業あるいは団体は、彼女へ毎月多額の報酬を払っていることだろう。
車はそばにある駐車場へ入り、停車した。
「ついてこい」
立花は降車して鍵をかける。俺も降りて、先に歩く彼の背に続いた。教師はエレベーターに入ると5階のボタンを押す。最上階か。人工の立方体が上昇を始めた。立花は念押ししてくる。
「言っておくが、これから会うのは教団ナンバー2の郡川早苗さまと、ナンバー3の山城光輝さまだ。先週からこちらへ視察にいらっしゃっており、投宿なされておる。粗相のないようにな。それから絶対平伏しろよ。山城さまはともかく、郡川女史は気難しいお方だからな」
「ナンバー1の龍覇はいねえのかよ」
立花は俺をしかりつけた。
「龍覇さまだ、この不信心者め。猊下は東京で忙しくしておられるそうだ」
ドアが開くと、まるで一流会社のような受付で、信者職員がこちらへ顔を向けた。スーツを着た妙齢の女性で、儀礼的な笑顔を俺たちにかます。
立花がオールバックの茶髪をひと撫でした。
「電話で連絡したとおり、新人を連れてきた。郡川さまと山城さまはいらっしゃるな?」
受付嬢は微笑んだ。
「はい、先ほど朝の修行を終えて、今はあなたがたの到着をお待ちでおいでです」
俺はさすがに少し緊張してきた。立花は先に立って廊下を進み、奥のドアへと近づいていく。
ナイトフォールの幹部ふたり。いったいどんなすげえ奴なんだろう?
そのときだった。
「ああもう、煙草切らしてイライラしてるってのに、今度はクソガキからのあいさつ待ちってどういうことよ、光輝! はー、ホントにもうやんなっちゃうわ、まったく!」
「ですから、僕のハイライトを差し上げますから、それをお吸いくだされば……」
「そんなニコチンもタールも化けもんみたいなの吸ってたら、いつ健康を損なうか知れたもんじゃないって、何度言えば分かるのよ! 学習能力がないわね、光輝ったら!」
「すみません」
「あーうんざり。早く来なさいよ、立花のやつ……!」
丸聞こえだ。立花は渋面でわざわざ大きな咳払いをした。中の声がぴたりとやむ。立花は扉をノックした。
「どうぞ」
さっきまでの言葉遣いが嘘のような、丁寧な女性の声だった。ドアが開く。




