029答え
(29)答え
「今日はとびきり早いのね」
お袋のかもめが、早朝の食事を終えた俺に声をかけてくる。まあ、確かに午前5時半は早すぎるだろう。親父の飛鳥と妹の光はまだ寝ているようだし。
「文芸部はだいたいいつもこんな感じみたいだ。それじゃ行ってくる」
そんな嘘をついて、俺は外へ飛び出した。BMXにまたがり、家を出発する。
立花への返事は昨夜決めた。後悔しないように、熟慮に熟慮を重ねて出した結論である。迷いはなかった。
こんなに早く登校するのは、もし立花との交渉が決裂して戦闘となった場合、他のものをできるだけ巻き込みたくなかったからだ。特に上山と浜辺さんは。
学校に着き、文芸部部室へ向かう。心臓はドキドキと、透視不可能な未来に鼓動を早めていた。自分の靴音が破滅へのカウントダウンのようにも思える。
教室に入ると、立花はすでに来ていた。彼は開け放たれた窓から外を見ていたが、俺に気づくと振り返った。その表情は氷のように寒々しい。
「来たか。では聞かせてもらおう。ナイトフォールに入信するか、しないか。つまりは、イエスか、ノーか」
ついにこのときがきた。俺はしわぶきをひとつすると、まずは机の上に鞄を置いた。ジッパーを開き、二重底から『爆裂疾風』を取り出して、やはり机の上に置く。
立花はその様子を無感動に眺めていた。あせることもなく、余裕たっぷりだ。
俺はそんな彼に正対した。ゆっくりと答える。
「……条件付きで、イエスだ」
室内の空気が帯電したように思われた。立花はあごをしゃくる。理由を話せということらしい。
「はっきりいって、入信早々八尾刀の超常現象で殺されたら馬鹿らしい。俺は身の安全の確保のために、『爆裂疾風』を、その力を所持し続ける。それで構わないなら、『イエス』だ。この条件を飲めないなら、答えは『ノー』だ」
彼は静かに聞いていた。俺が話し終えると、軽くうなずく。考え込む様子すらなかった。
「俺は八尾刀をひと振り任されている、それがこの『飛翔雷撃』だ」
そういって、スーツの内側から小短刀を取り出す。俺はまさか攻撃してくるのでは、と一気に緊張したが、立花は八尾刀を窓の外に向けた。
「こっちへこい、夏原。外を鳥が飛んでいるだろう?」
俺は『爆裂疾風』を握り、ゆっくりと近づいた。反撃するための身構えを万全にして。そして窓の外へちらりと視線を向ける。スズメが宙を舞っていた。
「見ていろ、夏原。『飛翔雷撃』!」
彼が名前を唱えると、刃の先端から青い稲妻がほとばしり、窓外の鳥を直撃した。スズメは白煙をまとって落ちていく。死んでしまったようだ。まだ誰もいない校庭に、そのむくろがせっぷんする。
「俺はこの六田高に赴任する際、教団から八尾刀を任された。それがこれだ。今では支配者化している。もし『真実の瞳』が見つかるようなことがあれば、きっと俺も龍覇さまに殺されるだろう――用済みの下級信者としてな」
立花は八尾刀をしまい込んだ。
「だが信者として生きている以上、たとえ自分の命を捨てることになったとしても『真実の瞳』――八尺瓊曲玉を見つけ出さなければならない。それが使命なのだ。夏原、きさまにもその覚悟を要求する。それがあるなら、いいだろう、『爆裂疾風』を夏原姫英のものとしてくださるよう郡川女史に直訴してやる」
「じゃあ条件は……」
「飲んでやる。今度の休日に萩市本部へ一緒に上がるぞ。お前の入信を認めてもらうためにな」
俺は膝の力が抜けて、その場にしゃがみこんだ。疲れがどっと押し寄せる。精神的にも肉体的にもだいぶ削られた感じだった。
「緊張したぁ……」
立花はこれに対し、微量の笑みを含んだ感想をもらす。
「それは俺もだ」
「本当かよ……嘘くせえ」
こうして俺はナイトフォールの信者のひとりとなった――まだ「仮」だけど。




