003友達
(3)友達
俺は古典的な黒い仏壇の前に正座した。お線香に火をつけてたむけ、遺影の中で微笑むじいちゃんに手を合わせる。
6年前の9月に亡くなった、自由戦務党の参議院議員であり祖父である夏原寛治。その死に方は異様だった。路地裏で見つかった彼は、全身に穴が開いており、そこからの出血多量で息を引き取っていたのだ。
俺は最初、散弾銃で撃たれたのかな、と犯人を憎んでいた。しかし警察によると銃弾は一発も見つかっていないそうだ。
となると、超常現象か。じゃあ犯人はいないのか……。当時の複雑な心境が一瞬だけよみがえった。
「行ってくるよ、じいちゃん」
あの世では政治家から解き放たれて、ゆっくり暮らしててほしい。
俺は立ち上がり、玄関を出てドアに鍵をかけた。BMXに乗る。
六田大学付属高校は、俺の家から自転車で20分で行ける範囲にある。俺は遅刻気味なのを気にして、いつもより強くペダルを踏み込んだ。
東からのきつい朝日を浴びつつ、海の見える道を走っていく。水面は今日も陽光を反射して、伝統的な眺めを飽くことなく形成していた。
俺と同じ制服――紅色のブレザーに白いシャツ、灰色のスラックス、青いネクタイという野郎どもと、制服姿の女子がちらほら歩いているのが目に映った。萩駅からの徒歩組だ。
さて、学校へのいつもの道すがら考えるのは、自分はどの部活に入れるのだろうか、ということだった。部活見学の期間もそろそろ終わる。いい加減決めなくてはならない。
俺としては、とにかく着替えなくてもいい部活動じゃないと駄目だ。となると、将棋部や囲碁部、園芸部、料理研究部など、ごく少数に限られてくる。
美術部はどうか? って、あそこは油絵を描く際につなぎを着るか……。いっそどこにも入らず、帰宅部で自由な時間を謳歌するべきか。でも先生方からの心証は悪いだろうな。うーん、悩む。
あれこれ思案していて、注意が散漫だった。気がついたとき、俺のBMXはひと組の男女に猛接近していたのだ。
「うわっ!」
目前の危険にあわててブレーキをかける。だが間に合わない。自転車は男子生徒の腰に、後ろから猛スピードで追突してしまった。男子生徒は跳ね飛ばされ、俺は横転して膝を打つ。連れの女生徒が悲鳴をあげた。
とんでもないことをしてしまった。俺はBMXの下から這い出ると、四つんばいで頭を振っている男子のもとへ、急いで駆け寄った。
「ご、ごめんな! 大丈夫か!?」
俺は真摯に謝った。すると、男子は驚いたことに、
「いや、こっちもぼうっと歩いていてすまなかった」
と、謝ってきたのである。いや、一方的な被害者なのに何いってんだよ、という話だ。
「そっちこそ怪我はないか?」
彼はがっしりした筋肉を身にまとっていた。太い眉毛で、いまどきもみあげを長く伸ばし、七分刈りである。昔の高校の番長といったらいいか。
女子のほうは黒いポニーテールにすらりとした体で、エプロンや割烹着がよく似合いそうなたたずまいだった。男子へ心配そうに声がけする。
「雄大ちゃん、大丈夫?」
「平気だ。かすり傷ひとつない」
あれ、このふたり、どこかで見た気がするぞ。どこだったっけ――。答えを見つけるより先に、雄大とやらが俺に確認してきた。
「お前は確か、同じ1年B組の夏原姫英だな。俺は上山雄大。こっちはガールフレンドの浜辺真理だ。……違ったか?」
「いや、そうだ! クラスメイトだった!」
俺はようやく思い出した。よりによって同じ組の生徒を、自転車でひいてしまうとは。
「本当にごめんな。悪かったよ」
上山は手を振って笑う。屈託のない、いい笑顔だった。
「お互い悪かった、それでいいだろう」
浜辺さんが俺に何かを差し出した。
「これ、落ちたよ」
衝突のはずみで鞄の外に飛び出した小短刀だ。鞘がずれて少し刃がのぞいてしまっていた。俺は少し気まずく受け取ると、再びしまいこむ。腕時計を見れば、かなりのハイペースで走ってきたため、むしろ時間に余裕さえできていた。
上山はスラックスのほこりを払い、何事もなかったかのように俺を誘う。
「どうだ夏原、これも何かの縁だ。一緒に登校しないか?」
「歩ける? 夏原くん」
俺はその嬉しい申し出に耳たぶが熱くなった。上ずった声で応じる。
「おう、全然OK! 一緒に行こう!」
友達、できたかも……!