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028猶予の日B

(28)猶予(ゆうよ)の日B


 外はいい天気だった。1年B組の教室で、俺は上山雄大と浜辺真理さんとともに、朝のホームルームまでのぼんやりした時間を過ごす。

「どうだ夏原、文芸部は。やっていけそうか?」

 上山は太い眉毛ともみあげに七分刈りという、時代錯誤(さくご)な外見だ。しかし筋肉の鎧を身にまとっているため、からかって笑いものにしてやろうという愚かものは現れなかった。

「そうだな。本は面白いし、みんな真面目で、俺向きの部活かもしれない」

「そいつはよかった」

 浜辺さんはおっとりしていて、人なつっこい性格の持ち主だ。上山の彼女でもある。

「でも夏原くん、気をつけてね。漫画を持ってくるのは厳禁だから」

「ああ、そうなの? そういえば誰も漫画を読んでなかったな……」

 まあ別にいいけど。俺、漫画はあんまり読まない感じだし。『ドラゴンボール』とやらが人気なのは知ってるけど。

 ふと視線を感じて、そちらへ振り返る。二階堂香澄さんがさっとおもてを伏せた。こっちを見てたな、確実に。

 彼女も立花から「夏原を攻撃するな」とのお達しを受けているはずだ。もちろん、受けてなくても二階堂さんが攻撃してくることは考えられなかったが。何だかんだで、二階堂さんを信頼している俺だった。

 その後も1年B組の教室で授業を受ける。昨日までのことは、何かの悪夢だったんじゃないか。今享受(きょうじゅ)しているこの平凡な日常こそが、俺の本来の人生だったんじゃないか。

 そんな取りとめもないことを延々と考えてしまう。


 昼休みとなり、俺は学食へ向かった。頭髪のふたつの団子でおなじみ、二階堂さんが天ぷらそばを食べている。近づいて声をかけてみた。

「よっ、二階堂さん」

 彼女はこちらをにらんだ。しかしすぐ目をそらし、食事に戻る。

「ごめんなさい。接触禁止の通達が出ておりますので」

 俺を追い払うような口調だった。しかし俺は精神図太く、堂々と隣に座る。彼女はあきれ顔をした。

「怒られるのはわたくしなんですわよ」

「まあいいじゃない、二言三言。……あの『真実の瞳』ってのは三種の神器のひとつ、八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)らしいな。立花に聞いたぞ」

 ぴたり、と箸が止まる。

「立花先生も結構口を滑らすのですわね」

「二階堂さんはそいつを探すためにこの六田高に来たんだよな?」

「ええ、理由の半分はそうですわね。もう半分は、単に自分の学力と通学のたやすさからです」

 二階堂さんは再び手を動かした。つるりと最後のひと口を終えると席を立つ。

「あれ、もう行っちゃうの?」

「夏原くんと話すためにここへ来たわけではないので」

 彼女はトレイを手に去っていった。


 ホームルームが終わり、俺は上山と浜辺さんとともに文芸部の部室へ行く。あいさつを交わして席に着いた。早速それぞれの活動に専念する。

 浜辺さんは三度目の読書感想文を書き上げて立花に提出した。添削(てんさく)されたのち、オーケーのサインをもらう。これで彼女は文芸部らしく小説を書けるようになったのだ。うらやましい。

 一方上山のそれはつき返され、また新しい本を読まねばならなくなった。こうしてみると、読書感想文を書くのもなかなか大変そうだ。

 俺は東野圭吾の『宿命』を読み終わり、その感想文に手をつける。なかなかまとまらず、あれこれ試行錯誤してペンを進めていった。

 しばらくして5時になり、下校をうながす放送が流れた。立花の合図でおのおのが片付けに入る。俺は書きかけの原稿用紙を鞄にしまいこみ、教室を出ようとした。

 そこで立花に呼び止められる。何かと思って振り返ると、彼は言った。

「夏原、よい返事を期待しているぞ」

 俺はうなずいて下校した。帰り道、自転車を走らせながら、星が綺麗な澄んだ夜空を見上げた。

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