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027猶予の日A

(27)猶予(ゆうよ)の日A


 翌朝、俺は6時に起床した。結構、というかかなり眠い。指で目じりをこすりながら顔を洗いに行く。すでに親父が起きていて、すれ違いに丸い目を向けてきた。

「おはよう。今日はずいぶん早起きなんだな、姫英」

「おはよう。ちょっと朝練があってね。今日からこのペースさ」

「文芸部なのに朝練?」

「そう、文芸部なのに」

 文芸部顧問の立花は明快に、早朝の部活動を部員に要求してきた。大泉部長も上山も浜辺さんもこれにはびっくりしていたが、それが方針なら逆らうわけにはいかない――ということで、俺もその輪に加わったわけだ。

 毎日帰宅しても特にやることはなかったし、睡眠時間が前倒しになるだけだと考えれば、別に苦にはならなかった。俺は洗顔と歯磨きをこなすと、部屋に戻って制服に着替え、キッチンに入った。

 焼き上がったトーストにジャムを塗り、ぱりぱりとした触感と甘味を楽しむ。やっぱり朝はこれだよな。ホットコーヒーで胃に流し込むと、俺はお袋に「ごちそうさま」と告げた。

「もういいの?」

「ああ、行ってくる」

 俺は『爆裂疾風』を二重底に隠した鞄を背中に背負い、外に出た。まぶしい陽光に目をすがめつつ、BMXの鍵を外す。周囲に用心しながらサドルへ腰を下ろし、いつもの道へと走り出した。

 通学路でいつなんどき、誰が自分の命を奪いにくるか分かったもんじゃない。ナイトフォールは『爆裂疾風』を取り戻したがっているのだ。

 前に新郷の助手の唯がやったみたいに、信者が眠り薬の染みた布を俺の顔にあてがってくるかもしれない。あるいは凛太郎がいきなり『水流円刃』で切り刻みにくるかも。周平が『波紋声音』で唐突に麻痺させてくる可能性だってある。

 そんな恐怖はいぜんとして残っていたが、俺は立花慎二に対してなんとなしに信頼を寄せていた。きっとあいつは、明日の朝までは俺を守ってくれるだろう。漠然(ばくぜん)とだがそう信じられた。

 そしてその期待どおり、何事もなく登校できた。


 学校に到着すると、駐輪場にBMXをつけて鍵をかける。さあ、部活だ。

 俺は文芸部部室を訪れた。そこでは部員たちが思い思いの作品を執筆し、作業に没頭している。俺はその邪魔にならないよう、小声であいさつした。

「おはようございます」

「おはよう」

 部員たちはこっそりと返事をしてくれる。上山雄大と浜辺真理さんの姿もあり、俺は安心した。向井先輩のときみたいに、ふたりが人質に取られる可能性だってあったからだ。

 俺は着席し、さっそく読みかけの小説『宿命』を手に取り、熟読モードに入った。

 しばらくしてから、立花が入室してきた。部室内の生徒たちがいっせいに起立し、頭を下げる。俺もそれにならった。

「おはようございます!」

「おはよう」

 立花は静かに返した。そして椅子に座り、生徒からうやうやしく差し出された原稿用紙の束を受け取る。俺は浜辺さんに尋ねた。

「ありゃ何だ?」

「立花先生は部員ひとりひとりに短編小説を書かせて、それを読んで批評しているの。私たち新入部員はまだ読書感想文しか書かせてもらえないけど、それでオーケーが出たら先へと進めるのよ」

「へーっ」

 俺は素直に感心した。ナイトフォールの信者として『真実の瞳』を探す。英語教師として授業を行なう。それらだけでも忙しいだろうに、加えて生徒の小説や読書感想文を読んで、さらにそれらの批評までしてるのか。この立花って人、教師の(かがみ)なんじゃないか?

 俺がぼうっと立花を見ていると、相手が視線に気づいた。冷徹な仮面は小揺るぎもしない。

「何か用か」

「い、いや、何でもないっす」

 俺はあわてて顔を伏せた。そしてベルが鳴るまで、静かで穏やかな空間で小説を読んでいた。

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