025関係性
(25)関係性
そして翌日。俺は20キロのマラソンを終えて、へとへとになって帰宅した。まだ4月とはいえ、今日はだいぶ暖かだった。体にまとわりつく汗が不快で、俺はシャワーを浴びてそれらを洗い流す。私服に着替えると、昼食を採ってから、待ち合わせの場所――萩駅入り口に向かった。
そこにはすでに新郷哲也と唯の姿があった。
新郷はあいかわらず年齢のわりにくたびれている。髪は申し訳程度にセットされ、無精ひげと太い鼻がトレードマークだ。よれたジャケットにネクタイなしのワイシャツとズボン。靴だけはぴかぴかに磨いてある。
一方唯はぱっと見、風俗関係の女性と間違われるようななまめかしさがあった。黒いロングの髪の毛にピンクの口紅で、整った顔をしている。スーツをきちんと着こなしていた。
新郷が、黒い短髪にアメカジファッションの俺をひと眺めする。
「よし、それじゃ喫茶店にでも行こうか。安いところを知っている」
うまいところじゃねえのかよ。
俺はウィンナーコーヒー、おっさんはイタリアンスパゲッティ、唯はクリームソーダを注文して、ウェイターが立ち去るのを待った。そして、まずは俺から、昨日の立花との話の内容を打ち明ける。
新郷はそれを聞いて憤慨した。
「まるで真っ当な宗教のようにいいやがって……。夏原、入信の話はのらりくらりとかわしておけ。いいな」
そして、改めて弟の武の話をした。
「弟は、多額の寄進をしたあげく捨てられた、ナイトフォール元信者・松前雄二氏から情報を得た。そこから一介の気概あふれるジャーナリストとして、警察でもうかつに手が出せないという教団ナイトフォールの謎に迫っていったんだ」
俺に話したかったのは武さんのことだろうか? そう思ってあいづちを打っていると。
「そして3年前の1990年2月のことだ。武は路地裏で遺体として発見されたんだ。体中に謎の穴が開いていて、そこからの出血多量が死因だった……」
俺はどこかで聞いたような話だと思った。少し頭の書棚を引っかき回し、あっとなった。
じいちゃんだ。自由戦務党の参議院議員で祖父の夏原寛治が、まったく同じ不可解な死に方をしたんだ……!
新郷は届いたスパゲッティに早速取りかかる。口を動かしながら器用にしゃべった。
「気づいたか? そう、お前さんのじいさんも6年前――1987年9月、同じ超常現象で死んでいるんだ」
俺は驚きから一転、少しいらついた。このおっさん……!
「何だよ、俺のこと調べたのか!?」
新郷は意に介さない。ミートボールをうまそうにほおばる。
「ああ、俺は探偵だからな。お前さんが性同一性障害の女であることも知ってる」
俺はかっと頬が熱くなったが、取り乱したりはしなかった。このおっさんにはいつかばれるだろうと、心のかたすみであきらめていたからかもしれない。
唯がストローでソーダをおいしそうに吸う。
「それはともかく、超常現象も1度ならともかく、2度も続けばそれは超常ではないですよね? 普通のことになるんです。所長の弟の武さんも、夏原くんのおじいさんの夏原寛治さんも、同じやり方で殺されました。そのふたりは、ともにナイトフォール代表の勝間龍覇に敵対していたんです」
新郷が口の周りをスパゲッティのソースで赤く染めながら、引き取った。
「分かるか夏原、お前は最初からナイトフォールに無関係ではないんだ。ショックだろうがな」
つまり、勝間龍覇本人か、その意を受けた下級信者が、八尾刀の超常現象でふたりを……。俺は目まいさえ覚えて椅子の背に寄りかかった。この事実を、どう受け止めたらいいか戸惑う。
なんでじいちゃんは、龍覇に敵対していたんだろう?




