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024一家団欒

(24)一家団欒(だんらん)


 俺はたっぷり時間をかけて思考してから、口を開いた。

「考えさせてくれ」

 いろいろ熟慮して弾き出した答えは、とりあえずこの場の衝突を避けてしのぐ、という逃げの一手だった。

 立花はあまり気に入らなかったのか、笑みを消して両腕を組む。しかし出した声は穏やかだった。

「いいだろう。では3日後の朝に返事をしろ。安心するがいい、それまでは誰もお前に手出ししないよう、郡川(こおりがわ)さまに伝えておく。一応は休戦ということだ」

 彼は立ち上がり、ファイルの束を小脇に抱える。

「ではもう帰っていいぞ。俺も残業がある。さあ、部室から出るんだ」

 俺はちょっと用心した。しかし立花は本当に危害を加えてくる気配がない。信用していいんだろうか? 『爆裂疾風』を二重底に隠した鞄が、やけに重たく感じた。

「……じゃあな、立花」

「先生をつけろ」

 ドアに鍵をかけると、お互い別々の方向へ歩き出す。俺は一度だけ振り向いたが、彼の背中が遠ざかるのを確認しただけだった。


 俺は帰宅の途につく。暗い中をBMXを走らせながら、三種の神器のひとつである曲玉――『真実の瞳』の獲得がナイトフォールの目的なのか、と改めて考えた。それにも、たとえば『爆裂疾風』『放射火炎』『水流円刃』『波紋声音』などのような特殊な力が秘められているのだろうか。

 いや、それ以上のものがあるのだろう。そうでなければ、勝間龍覇とやらが宗教を立ち上げてまで探すわけもないし。

 ともかく、明日とあさっては安全な生活が送れるんだな。何だか久しぶりだ。


 家に着いた俺は、玄関でドアを開けた。母のかもめが声をかけてくる。

姫英(きえい)ね? おかえりなさい。遅かったのね」

 俺は「ただいま」と答え、

「いやぁ、俺、文芸部に入ってさ。それで遅くなったんだ」

と、まんざら嘘でもない言いわけをする。

 居間では父の飛鳥(あすか)が野球の試合を観ていた。俺に「よっ」と手を挙げる。

「文芸部を選んだのか。なら練習に父さんを主人公にした作品でも書くか? ハンサムで強くてかっこいい主役の英雄譚になりそうだな」

 半分冗談、半分本気のざれごとをかます。妹の(ひかり)は風呂から上がってきたところだった。パジャマ姿で濡れた髪をタオルでふいている。

「お帰り姫英お兄ちゃん! 今日はみんな大好きホイコーローだよ」

 実に嬉しそうに語った。彼女の好物なのだ。

 俺は、この平和な家庭を守るにはどうするべきかと考えた。しかし結論はひとつしかない。やっぱり俺もナイトフォールに入って、『真実の瞳』探索に加わるしかないのだ。宗教の信者になるなんてまっぴらごめんだったが……

 そこで電話が鳴った。お袋が俺に要請する。

「姫英、出て。手が離せないの」

「あいよっ」

 俺が受話器を取ると、出た相手は中年私立探偵の新郷哲也(しんごう・てつや)だった。

「ちょうどいい。夏原、ちょっと話したいことがあるんだ。今日は遅いからいいとして、明日会えるか?」

「ああ、いいよ。明日は学校も創立記念日で休みだし、午後からなら」

「じゃあ午後2時に萩駅入り口で落ち合おう。遅れるなよ」

「そっちこそ」

「抜かせ。それじゃあな」

 新郷は苦笑して、それで電話を切った。お袋が尋ねてくる。

「誰から?」

 俺は適当にごまかした。

「同級生の友達だよ」

「ひょっとしてこの前家出した先の人?」

「違うって。心配性だな、お袋は」

 明日の午前は胸を貧相にするためのマラソンが待っている。俺は家族との食事を楽しむと、歯を磨いて風呂にも入って、早めに自室へ引き取った。そしてさっさと就寝する。

 懐かしい、この生活。俺は久方ぶりにくつろいだ気分に浸った。

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