023勧誘
(23)勧誘
「じゃあな夏原」
「じゃあね、夏原くん」
上山と浜辺さんのカップルは、俺に手を振って退室した。その後、大泉部長が立花と二言三言打ち合わせして、やはり退出する。
夕暮れの教室は俺と立花のふたりきりになった。彼は俺に指示して適当な椅子に座らせると、自身も対面して着席する。長い足を組んだ。
「で、どうする?」
そう問いかけてくる。といわれても、何が何やら……。俺が不得要領で黙ると、立花は詳しく語る必要を感じたらしかった。
「お前がそのまま『爆裂疾風』を所持し続けて、ずっとナイトフォールに命を狙われるか。それとも教団に入信し、その一員として活動して命を拾うか。問題はふたつにひとつだ」
そして仕切りなおし、とばかりに繰り返す。
「どうする?」
俺は唖然とした。こっちにしてみれば、ナイトフォールに入信するなんて道は考えもしなかったのだ。新興宗教。新郷の弟さんを殺した可能性のある教団。凛太郎と周平を使って、俺を殺害しようとした組織……
と、ここで初めて、俺はあることに気がつく。思わず口走った。
「そういえば、ナイトフォールってどんな宗教なんだっけ?」
今までそのことに、まるで意識がいかなかった。これは失態だ。せめて新郷のおっさんに聞いておくべきだった。
一方、そうと知った立花は2回だけまばたきする。そしてオールバックの髪を撫でると、俺へのレクチャーを始めた。
「簡潔に言おう。ナイトフォールは11年前の1982年6月、元参議院議員勝間龍覇さまが立ち上げた新興宗教だ。建速須佐之男命さま、通称スサノオさまを主祭神として信仰している」
スサノオ?
「須佐町の名前の由来になった神さまだよな?」
「そうだ。『出雲国風土記』以外の風土記がほとんど焚書で消失してしまったため、伝承によるがな」
「それを信仰してるのか?」
「もちろんだ。スサノオさまは厄除け・病難除け・五穀豊穣・開運など、さまざまなご利益があるからな」
ずいぶんと庶民的なご利益だな。彼は足を組み直す。
「教団代表の龍覇さまは、スサノオさまの力を信仰せよと語っておられる。そして、真の八尺瓊曲玉を探索し発見することを至上命題としておられる」
俺は耳になじみある単語に引っかかった。
「曲玉は確か三種の神器のひとつじゃなかったっけ」
「そのとおりだ」
三種の神器。草薙の剣、八尺瓊曲玉、八咫鏡。皇位の証として代々受け継がれてきた三つの秘宝。
「『真の』八尺瓊曲玉? まるで皇居の『剣璽の間』に置かれてる曲玉が偽物みたいな言い方だな」
「それ以外に取りようがないと思うがな」
立花はいたって真面目だ。俺は少しうそ寒いものを感じた。
「その真の曲玉が『真実の瞳』というやつか」
彼は軽く目を見張り、うなずいた。
「二階堂から聞いたのか。そう、究極の宝物『真実の瞳』はこの萩市かその近郊か、どこかに隠されている。古文書によればな。それを八尾刀を得たものが探索しているのが現状だ。すなわち、いまだ発見できていない」
八尾刀を得たものが探索? どういうことだろう。
「今、教団の信者は全国で500人程度だ。しかし寄進も多く、また龍覇さまが政財界に太いパイプを持っておられることで、運営面はまったく問題ない」
まるでそれが安心感を与えてくれるかのように話す。
「どうだ夏原、我々と手を組もうじゃないか。お前が入信すれば、お前を殺す必要もなくなって万事丸く収まる。一緒に『真実の瞳』を探そう」
立花は困惑する俺に対し、薄く微笑した。




