022文芸部
(22)文芸部
午後の授業が終わった。帰りじたくをする俺に、友達の上山雄大と浜辺真理さんが近づいてくる。
「どうだ夏原、どこの部活に入るかもう決めたのか?」
「いや、まだだけど」
「俺と真理が入部した文芸部はどうだ?」
文芸部かぁ。文学への感受性をきたえる部活。服を着替えることはなさそうだし、入学式での部活紹介でも好印象を得ていた。俺自身が本好きだというのもある。
いいかもしれない。何より、親友ふたりが在籍して勧めてくれているのだ。ここで入らなければ男がすたるというものだ。
「よし、じゃあそれにするか!」
俺の返答にふたりは顔を見交わして笑った。
「よかった、嬉しいぞ。文芸部は部員が少なくて困ってたんだ。夏原が加入してくれればありがたい」
俺たちは一緒に文芸部部室――2階の空き教室へと向かう。
しかし……
「文芸部顧問が立花!?」
「そうよ」
立花慎二がこの六田大学付属高校にやってきたのは1年前だが、その頃から担当しているらしい。彼の書いた著作は一級品で、全部員が参考にするほどだという。
浜辺さんは微笑んだ。
「厳しいけどいい先生だよ。英語だけじゃなく文芸も優れているなんてすごいよね」
ナイトフォールの信者でもあるよ、と教えたらどうなるんだろうか……
あれ、ひょっとして。
「この前の立花の説教って、部活動に入らない帰宅部の連中に向けたものだったのか?」
「うん、どうもそうだったみたいね」
上山が上機嫌で哄笑した。
「文芸部への遠まわしの勧誘だったわけだ。あの人らしいといえばらしいな」
部室は空き教室らしくだだっ広い。その中で、部員たちが机に向かって原稿をしたためている。総勢7名ほどか。
3年生で部長の大泉芽衣先輩が、俺に入部用の紙を示してくれた。しなかやな体格でカッコいい系の女子だ。
「この入部届けを書いて。志望動機は適当でいいわよ。そうね、思いつかなければ『本を読むのが好きなため』でいいわ」
俺は早速記入した。そして席を用意してもらう。静かな部活だった。紙とペンのこすれる音が響くのみだ。
そこへ立花が入室してきた。いっせいに起立してあいさつする部員たちに、俺もならう。その俺の視線が、立花のそれと交錯した。だが彼はまつ毛一筋さえ動かさず、俺の存在を受け流す。
「各自、制作の手を休めぬよう」
こいつ、どういう神経してるんだ? 二階堂さんが尋問に答えたことで、俺が八尾刀『爆裂疾風』を所持していると承知しているはずなんだけど……
立花は教卓についた。大泉部長から俺の入部届けを渡されると、軽くうなずいてクリアファイルに挟む。
その上で俺に話しかけてきた。
「文芸暦は?」
「学校の授業で作文をやった以外では、特に……。あ、でもわりと本は読むほうです」
「では初心者だな。部長の大泉に指導してもらえ。まずは読書感想文を書くための読書からだ。道具はあまりがあったはずだ。それ以外で必要なものは部費で調達することになる。希望するものをあらかじめ相談して考えておけ。……では、励めよ」
いいたいことだけいって、立花はもう俺に無関心だった。てっきり小短刀のことでどやされるかと思ったのに……。彼は軽く触れることやほのめかしさえ行なわなかった。
まあ他の生徒もいる手前、そりゃしないか。俺はそう結論づけると、東野圭吾の講談社ノベルス刊の推理小説『宿命』を読み始める。読書感想文を書く以上、まずは最後まで読了しないと。話の面白さに魅了されてページを繰っていく。
午後5時となり、今日の部活は終了となった。俺は本棚に読みかけの本を返す。部員たちがおのおの片付けに入るなか、立花は俺の近くまでやってきた。
「夏原、お前は残れ」
それだけ告げる。やっぱりきたか。俺は緊張してきた。




