021日常の再開
(21)日常の再開
「こっちからナイトフォールに出向く」
向井先輩を救出したその日の夜、俺は妹の光の部屋で、ドアに寄りかかりながら宣言した。『爆裂疾風』の八尾刀を取り戻そうとする教団。このまま受け身でいていいのだろうか? そう考えて出した結論だった。
「やめてよね」
ペンギンのぬいぐるみを抱きながら、光は案のじょう反対してきた。しかし、俺は正論をぶちまける。
「はっきりいって、このままいくと俺の家族も標的にされるかもしれない。向井先輩みたいにな。それに、俺は凛太郎のいうように『爆裂疾風』の支配者と化してしまっている。常に命を狙われる立場になったんだ。これじゃおちおち学生生活も送れやしない」
光は顔をしかめたが、しぶしぶ俺の言の確かさを認めた。
「まあそうなんだけどね。でも、ひとりで行くのはまずいよ。誰か信頼できる大人の力を借りたほうがいいと思う……」
「それで俺のところに来たわけか、学校をさぼって」
新郷哲也の探偵事務所で、俺はコーヒーカップを傾けていた。唯がいれてくれたそれは、はっきりいって泥水のようにまずかったが……
おっさんは煙草の火をくゆらせた。この中年は実にうまそうに吸うんだよな。
「ナイトフォールの本部は萩市にある。そこなら俺も承知しているが、のこのこそこにでも出かけるか? でもまた周平がいて、『波紋声音』を食らったら、今度は生きて帰れないぞ」
そういわれるとぐうの音も出ない。
「もう少し待て。俺が何とかいい方法を考えてやるから」
あんまり期待できそうにねえな……
かくして俺は昼から登校した。担任の葛西に謝罪して、親友の上山と浜辺さんにあいさつする。
その後、まずは腹ごしらえ、とばかりに学食へ行った。カレーライスを注文する。トレイを持って適当な席に着き、さあ食べるぞ、とスプーンを手にしたときだった。
隣にラーメンのトレイを持った二階堂香澄さんが座ったのだ。
彼女は視線を合わさず、ただ昼食を採りながら独り言のように謝ってくる。
「夏原くんのこと、教団にしゃべってごめんなさいですわ」
そういや二階堂さんが教団幹部に尋問されたって、凛太郎が話してたっけ。
「そっちこそ大丈夫だった?」
彼女はやはりこちらを見ることなく麺をすする。
「酷い目にはあわされませんでした。ただし執拗で徹底した尋問に、根負けしてしまいましたけど」
「二階堂さんは『放射火炎』の支配者なのか?」
「『放射火炎』はわたくしのものではなく、男に詰め寄られたときとっさに使ったものです。支配者化はしておりませんわ」
俺は凛太郎と周平に襲われたことを話し、彼らのフルネームと教団での位置を聞き出そうとする。果たして彼女は答えた。
「村田凛太郎さまと神田周平さまは、教団の若い信者の中でも特にエリートに属しており、八尾刀の支配者化を許されているほどです」
よし、覚えたぞ。俺は話を変えた。
「そういや英語教師の立花慎二と二階堂さんの関係ってなんだい? もういい加減答えてくれよ」
二階堂さんは「すでにお分かりでしょう?」と前置きした。
「わたくしも立花先生もナイトフォールの信者ですわ。『爆裂疾風』をなくしたときは、当然先生に怒られました。わたくしたちがこの学校にやってきたのは『真実の瞳』の探索が主目的ですわ」
「『真実の瞳』? それは初耳なんだけど……」
二階堂さんは返事せずラーメンの汁を飲み干す。
「とにかく夏原くんはナイトフォールに狙われていますわ。気をつけるように」
彼女は席を立った。俺はカレーライスを食べながら、二階堂さんは案外俺を好いてくれてるのかもな、とうぬぼれた。




