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020侵食される街

(20)侵食される街


 俺たちは向井先輩の鞄を拾うと、ワンボックスカーに乗り込んだ。野次馬たちが少し人だかりを形成していたが、唯は気にせずサイレンの音を消す。

「近くの病院へいきますね、所長」

 肩を切られている向井先輩の手当てを最優先するためだった。助手の運転で車は走り出す。


「ん……」

 その道中、向井先輩が意識を取り戻した。さて、今回の一件をどう説明したものか。

「あれ、私……!? 痛た……」

 傷はタオルで縛って、一応の止血はしてある。でも縫うことにはなりそうだ。

「向井先輩、落ち着いてください。俺です、夏原です」

「夏原くん……? これは、いったい……?」

「よく聞いてくださいね、先輩。あなたは悪い奴らにさらわれたんです」

 結局俺は、先輩が弓削尚孝(ゆげ・なおたか)のようなストーカーの高校生2人組にさらわれて、それを自分たちが助けた、と嘘をついた。

 彼女は応急手当された肩をさすりながら、俺たちに感謝した。向井先輩の話ではこうだ。

「私はまだ人がまばらな早朝、テニス部の朝練に参加するために登校していたの。そうしたら、あの2人組の少年に『抵抗したら殺す』と無理やり喫茶店の中へ連れ込まれたの。私、怖くて逃げようとして、少し暴れたら、モヒカンの子のほうが私の肩を小刀で切りつけて……そのあとはよく覚えていないわ。後頭部にこぶがあるから、たぶん殴られて気絶させられたんだと思うけど……」

 俺はあらためて凛太郎と周平への怒りを燃やした。無関係な人間を、こともあろうに向井先輩を、こんな酷い目にあわせるなんて。絶対に許すものか。

 しかしよくよく考えてみれば、向井先輩が俺への罠として使われたのは、俺が『爆裂疾風』の八尾刀を持っていたからに他ならない。そこらの男に負けない力を手に入れたつもりが、かえって不幸を招き寄せている。向井先輩も巻き込んでしまったことに、深く思い悩む俺だった。

「それにしても、あの喫茶店の店主や店員はどこへ行ったんだろう?」

 素朴(そぼく)な疑問をもらすと、新郷のおっさんが答えてくれた。

「ナイトフォールは以前から、この辺の街や学校へ触手を伸ばしている。たぶんあの喫茶店は教団の管理下にあったんだろう。だからこそ、あの高校生2人は店内で大胆な行動を取れたのだろうし。……まあ、今さらそのことを思い出しても意味がないけどな」

 なるほどね。切った電話線は、ことが終わったら修理するつもりだったんだろう。

「店が自分たちの領域なら、もし俺たちを殺しても、後片付けが楽だったってところか」

「そういうことだ」

 向井先輩が単語に反応しておびえた。

「こ、殺すって……?」

 俺はあわてて彼女を落ち着かせようとする。

「大丈夫、俺も向井先輩も、もう危険な目に遭うことはない。大丈夫だから」

「う、うん……」

 そうだ、そういえば新郷と約束してたっけ。俺は助手席のおっさんに『爆裂疾風』を手渡そうとした。

「向井先輩を助けるのに協力してくれてありがとな。ほれ、約束のブツだ」

 しかし中年探偵は、俺の小刀を見てうらめしそうに首を振る。

「お前さんが支配者化してる以上、俺たちがそれを持っていても意味がない。護身用に持ってろ」

 拒否されてしまった。俺としてはありがたいけどな。


 その後、「転んだ先に釘が落ちていて深く切ってしまった」との嘘をついて、向井先輩は病院で傷口を縫ってもらった。親にも電話して、後で迎えに来てもらうことにしたという。

「それまでそばにいるよ」

 俺は当たり前のことを口にした。すると向井先輩は、頬を赤らめて微笑んだ。

「ありがとう、姫英(きえい)くん」

「先輩……」

 何かいい雰囲気が、ふたりの間に漂っていた。

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