019戦闘C
(19)戦闘C
と、そのときだった。
「そこまでよ!」
恐怖と緊張で震えてこそいたものの、階段から聞こえてきたのはまぎれもなく、私立探偵・新郷哲也の助手・唯の声だった。あまりにも時間が経ったため、じれて店内に入ってきたのだろう。
「ああん?」
凛太郎が不機嫌そうに俺から離れ、階段をのぞきにいく。
「ぎゃあっ!」
何か鋭い音がした。続いて、凛太郎が視界に戻ってくる。回るように仰向けに倒れた。上半身に何か刺さっており、血が噴き出している。周平があっと叫んだ。
「ボウガン!? 大丈夫か、凛太郎!」
「大丈夫、矢は肩口だ。おのれ……よくも……!」
階段を駆け上がる音。俺はどうにか首をめぐらせた。唯が素早い動きで凛太郎の手元を蹴り上げる。八尾刀『水流円刃』が跳ね飛ばされ、床に転がった。俺は文字どおりひと息つく。助かった。
凛太郎が肩を押さえながら、顔をしかめる。
「こ、このアマっ! どうしてこの状況が分かった!?」
「所長の服に無線マイクが仕込んであるのよ。それから聞こえてくる音を車の中で耳にしてたってわけ。食らいなさいっ!」
そしてちゅうちゅなく、ボウガン本体を全力で凛太郎に投げつけた。
「うげぇっ!」
凛太郎の体に刺さった矢の上に、それはぶつかる。彼にとっては泣きっつらに蜂だったろう。
周平が『波紋声音』を手にする。
「凛太郎! 耳栓!」
「お、おう!」
やばい。もし今『波紋声音』を食らったら、唯もまた麻痺してしまう。何より、俺や新郷のおっさんも再び同じ目に遭ってしまう。
そうはさせるか!
「うおおおお……っ!」
俺は全力を振り絞って『爆裂疾風』を手にし、周平に切っ先を向けて唱えた。
「『爆裂疾風』……!」
轟音とともに爆風が飛び出して、周平の体に直撃する。彼は天井に叩きつけられた。その表情が固まる。
「ぐふ……っ!」
蛍光灯が割れて破片が四散した。八尾刀『波紋声音』が床に転がる。その横に周平が落ちてきた。ぐったりと、すっかりノックアウトされている。
「てめえら、そこまでだ!」
凛太郎が向井先輩の上体を起こし、その目に指をかけていた。
「それ以上抵抗するならこの女の目を潰すぞ!」
たけだけしい獣のように吠えた。くそっ、これじゃ身動きできない。俺も唯もひるんでしまう。凛太郎は手探りで『水流円刃』の柄を手にした……
と、そのときだ。
外からパトカーのサイレンが聴こえてきたのだ。凛太郎は明快な舌打ちをする。
「ちっ、ポリ公か……! 誰か通報したな?」
いまいましげに俺たちをにらんだ。どうやら退散すべきと判断したらしい。
「覚えてろ!」
彼は片手で二本の八尾刀をつかんだ。柄を重ねての持ち方のため、能力は発揮できないはずだ。でも唯は拙速に動けない。もしこちらが襲いかかれば、確実にあの水の刃で反撃してくるだろう。そう予想できたからだ。
凛太郎はのびている周平を肩にかつぐと、窓の外にあらかじめ吊るしてあったらしい縄を伝い下りていく。その姿は、やがて陰に隠れて見えなくなった。
とりあえず、この戦闘はこちらの勝ちといったところか。それにしても、パトカーのサイレンは聴こえるけど、一向近づいてこないな。どうしたんだ?
ネタばらししたのは、ようやく動けるようになった新郷のおっさんだった。
「このサイレンは、ワンボックスカーの中の音源を遠隔操作で再生したもんだよ。命の危険にさらされたときだけ使うことにしてるんだ。早いとこ止めないとな」
唯が新郷に肩を貸した。意外にたくましいのか、しっかり支えている。
「所長、ともかくここを出ましょう。夏原くん、渚ちゃんを運んで。所長は私が運ぶから」
「結局おっさんは何の役にも立たなかったな」
「うるせえな」
こうして俺たちは、気を失っている向井先輩を抱えて外へと連れ出した。
いろいろ考えることはあったが、ともかく大事な人の命が無事でほっとする俺だった。




