017戦闘A
(17)戦闘A
新郷はしゃがみこみ、奥の階段へ続く血を詳細に調べている。
「誰の血か知らんが、こいつは罠だ。店長も店員もいないのにドアが開いていたのもおかしすぎる。ここは電話で警察を呼ぶべきだ」
そういって近くにあった受話器を手に取った。だがその顔はすぐにくもる。
「回線が切断されてる」
がく然とつぶやいた。
「外に戻ろう。奥の階段の上に誰がいるのか知らんが、俺たちが行かなきゃどうにもなるまい。さあ、夏原、来るんだ」
「やだね」
俺は向井先輩の身が案じられてしかたなかった。鞄から『爆裂疾風』を取り出して身構える。血痕をたどって先へと歩き出した。もしこの血が向井先輩のだとしたら、彼女はケガをしていることになる。とても放ってはおけなかった。
おっさんはいまいましそうに舌打ちする。
「ああもう、しょうがねえなあ。どうなっても知らんぞ」
そう吐き捨てて、しぶしぶついてきた。赤い跡は突き当りの階段にも付着している。俺は左曲がりのそれを一歩一歩上っていった。新郷がこわごわと後ろに続く。
喉が渇き、嫌な動悸がおさまらなかった。生まれてこのかた、こんなに緊張し心配したことはねえ……
と、そのときだった。
いきなりソフトモヒカンの男子が、上のほうから現れたのだ。黒い学ランを着ている。
「狭い階段ならかわせねえよな」
にやりとしてつぶやいたその手には、小短刀――『爆裂疾風』と同程度の刃渡りだが、鍔と柄が備わった立派なもの――が握られていた。
判断は一瞬だった。身の危険を感じたせつな、俺は大声で『爆裂疾風』を唱えていた。
「『水流円刃』!」
少年が放った半透明の円盤が、爆風とぶつかり合う。派手な破砕音がとどろいて、階段の中腹を完膚なきまで破壊した。砕け散った円盤は、無数の水滴となって飛散する。
水の刃か。直撃したら真っ二つにされていただろう。――そういえば最近、老人が真っ二つに斬殺された事件があったが……この男子が真犯人なのか?
彼は後方に吹っ飛んで、階段の終わりで尻餅をついた。
「ぐふっ……!」
胸を押さえて苦しんでいるあたり、どうやらこっちの威力のほうが上だったらしい。俺は好機と見た。
「おっさん! 駆け上がるぞ!」
「おう!」
俺と新郷はダッシュでその脇をすり抜けて、無事に2階へ到達した。通りに面して窓ガラスがついており、4人掛けのテーブル――2階席が並んでいる。横手にも窓があった。なぜか開いていて、隣のビルの肌がのぞけている。
そしてそこにはもう一人、金縁眼鏡で小短刀を手にした学ランの高校生が待ち構えていた。その隣に倒れているのは――向井先輩だ! 肩を切られたか、そこから出血している。気を失っているようだ。
俺はそんな彼女の痛々しい姿に逆上し、八尾刀の鞘を捨てて金縁眼鏡に斬りかかった。
「てめえか! てめえが向井先輩を傷つけたのか!」
金縁眼鏡はしかし、小短刀で冷静にこっちの斬撃をさばく。『水流円刃』の男に頼んだ。
「凛太郎、耳栓をつけて」
凛太郎と呼ばれた少年は明快な舌打ちをする。
「ちっ、分かったよ周平。この俺がぶざまな……」
視界の端で、彼は素直に両耳へ詰め物を突っ込んだ。何でそうしたのかは不明だ。だがそんなことはどうでもよかった。
俺は怒りのまま周平の股間に膝蹴りを見舞おうとする。だが彼は戦い慣れしているようで、さっと横にかわした。
俺は次に足払いをしかける。だがこれも、周平は膝を曲げて空振りさせた。
一方、新郷は向井先輩の容態をはかっているようだ。
「安心しろ夏原、呼吸と脈拍は正常だ」
俺がその言葉に少し安堵した直後だった。周平が『波紋声音』と叫んだのは。
そのとたん、俺の視界はまだらに明滅し、手足をはじめとする全身の感覚が抜けた。もうろうとする意識の中で、自分の視線が床に落ちたことを悟る。
四肢が麻痺し、倒れてしまったのだ――




