016消えた向井先輩
(16)消えた向井先輩
翌日、俺は普通にBMXで登校した。もちろん私立探偵の新郷哲也たちに見つからないよう、時刻とルートは慎重に変えてある。まあたとえ見つかったとしても、今の俺には『爆裂疾風』があるし、前みたいにやられたりはしない。あいつらを一気に蹴散らせる準備はできているのだ。
今日は部活見学最終日だし、向井渚先輩のりりしい姿を目に焼き付けておこう。学校に到着した俺は、意気揚々と女子テニス部の練習風景を見に行く。
「えっ、欠席っすか?」
しかし向井先輩は不在だった。彼女の同級生であり部活仲間である麹歩美先輩は、気がかりそうに俺に応対する。
「そうなのよ。渚が無断で朝練を欠席するなんて、今までなかったのに……」
「そんな……」
まさかあのストーカーの弓削尚孝が、また向井先輩に手を出したのでは? そう思うといてもたってもいられなくなった。恐怖と焦燥で頭がぐちゃぐちゃになる。
「何か、何か手がかりは?」
麹先輩は「そうね……」と自身のあごをつまむ。
「渚は電車通学で、萩駅からここまで徒歩で12分ほどかかるの。その間に何かあったかもしれないわ――分からないけど」
「俺、見にいってみます!」
「気をつけて!」
俺はUターンしてBMXに乗ると、急いで学校を飛び出した。萩駅と六田高を直線で結び、その街道を逆にたどっていく。登校する生徒たちとすれ違いながら、左右に目を走らせていると、傷ついたワンボックスカーが俺のそばへ寄せてきた。
確認するまでもない、私立探偵・新郷のデリカスターワゴンだ。
「よう、学校はさぼりか?」
窓から痛々しい包帯姿を乗り出してきたのは、やっぱりおっさんだった。運転席の唯ともども、その表情は険悪だ。そりゃそうか、俺が『爆裂疾風』でぶっ飛ばしたんだからな。
「昨日はよくもやってくれたな」
この非常事態にうっとうしいことこの上ない。俺は反射的に怒鳴り散らした。
「今それどころじゃねえんだ!」
だが、すぐ考え直す。
「……いや、待った」
今はひとりでも協力者が必要だ。車を持ってる彼らの手を借りたほうがいいんじゃねえか? ちょっとしゃくだけど……
「ちょっと停まってくれないか?」
「何でだ?」
「いいから!」
俺はワンボックスカーが端に寄って停まると、そのそばでBMXから降りて、深々と土下座した。さすがに驚いたか、ふたりは声もない。
俺は地面に額を擦り付けつつ訴える。ここまでの事情をかいつまんで話し、向井先輩の捜索を手伝ってくれと、彼らに求めた。見返りには八尾刀『爆裂疾風』を差し出す、とまで言い切って。
さすがにこれは効いたらしく、私立探偵は声色を変えた。
「……どうもただごとじゃなさそうだな」
「どうします、所長?」
「時間もなさそうだしな、いいだろう。だが俺たちはその向井渚って子の顔を知らん。乗車しろ、夏原」
おっさんが引き受けてくれたことが嬉しくて、俺は思わず握手した。
「サンキュー、恩に着るぜ!」
俺は車にBMXを載せ、自身も乗り込む。唯はそれを確認すると、早速発進させた。
駅までの道を重点的に調べ上げ、脇道もくまなく探した。登校する生徒が絶えてからしばらくして、『CLOSED』の掛け札がかかった喫茶店の前を通り過ぎようとする。
「唯さん、ちょっと待った!」
そのドア前に、俺は見覚えのあるものを発見した。黒猫のマスコットキーホルダーが付けられた鞄だ。あの猫は俺が向井先輩に贈ったものだ。するとあの鞄は彼女のものか。でも、なんでそれだけが落ちているんだ?
「降ろしてくれ。調べてみる!」
「俺も行こう」
ともかく、有力な手がかりを見逃すわけにはいかなかった。俺と新郷は喫茶店の前に立つ。少し古風な、どこにでもある店舗だ。鞄の黒猫のマスコットは、間違いなく俺が買ったものだった。
スモークの入ったドアは無用心に開いている。中へと侵入すると、外の喧騒が消え去った。
無人で静寂に包まれた店内には、俺たちを招くように、血痕が点々と落ちている……




