015支配者化
(15)支配者化
家に帰り着いたのは真夜中の12時だった。見れば自宅の玄関前に親父とお袋が立っている。待っていてくれたのだ。こちらのライトの明かりに気がついたか、走り寄ってきた。
「姫英!」
ふたりは泣いて喜び、俺に抱きついてくる。てっきり怒髪天を衝く叱責を叩きつけられると覚悟していただけに、これは俺にも予想外だった。
しかし両親にすがりつかれて号泣されるうち、俺も何だか泣けてきた。このふたりの子供として生まれてきてよかったな……。素直にそう思えた。
「それで、いったい今までどこで何してたんだ?」
ようやくひと息ついて、親父はそう尋ねてきた。当然の質問だ。俺はBMXの鍵をかけて、玄関から中に入る。考えていた嘘を、なるべく自然な感じで口にした。罪悪感が無形の針となって胸をつつく。
「ちょっと友達の家に家出してたんだ。親父もお袋も、俺の性同一性障害にあまり理解を示してくれないからな。それが気に食わなかったんだ」
言っててつらかった。母が驚きを隠せず否定する。
「そんなことないわよ」
父も困惑しながら続いた。
「俺も母さんも、お前を大切に思ってるんだぞ、姫英」
俺はどうにかして良心の痛みを振り切り、話を打ち切る。ぶっきらぼうに言った。
「ああ、ああ、分かったよ。それより腹が減った。飯くれよ、飯」
二日ぶりの我が家がとても懐かしい。親父は俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「とにかく二度と家出なんて真似はしないでくれよ。あとで警察の人にも一緒に謝らなくちゃな」
お袋がレンジで料理を温め始める。なんと妹の光も起きていた。キッチンでこちらをジト目で眺めている。
飯を食って風呂に入って寝巻きに着替えた俺は、自分の部屋のベッドに寝転がった。毛布を引きかぶり、睡眠を楽しもうとする。
が、そこでドアがノックされた。「入っていい?」と、これは光の声だ。
「いいぜ」
「あのさぁ」
入室するなり、光は怒りを含んだ声を飛ばしてくる。
「お兄ちゃん、家出なんて嘘、あたしには通じないよ。本当のこと教えて。実際にはどこかに監禁されていたとかじゃないの?」
ずばり言い当てられて、俺は動揺した。そのしぐさを妹は見逃さない。
「やっぱり」
話を聞けば、光は最近の俺が、何か家族にもいえないような隠し事をしている、と疑っていたらしい。察しのいい彼女に降参し、「まあな」と認めた。
そして、いろいろあったここ数日のことをつぶさに話した。最後に小短刀を見せる。
「これがその八尾刀ってやつ?」
光は自分も使ってみたいと、『爆裂疾風』を手にした。俺は少しあわてる。
「おい、使うんなら空に向けろ。くれぐれもこの室内で名前を唱えるなよ。かなり危ない代物なんだからな」
俺は窓を開けて外を指差した。二人で窓から手を伸ばす。
「いいか光、その刃の切っ先を空に向けるんだ。そして唱えろ、『爆裂疾風』と……。反動に気をつけろよ」
「面白そう! じゃあやるね。『爆裂疾風』!」
空白。何も起きなかった。
「あれ? 『爆裂疾風』! 『爆裂疾風』!」
しかし、光が何度叫んでも爆風は出ない。俺を監禁した新郷哲也やその助手である唯のように。
「おっかしいな。貸してみろ」
俺は刀身を取り上げ、自分でやってみた。
「『爆裂疾風』!」
すると爆風が飛び出て電線を揺らし、俺は反動でひっくり返った。光はまばたきし、ついでふくれた。
「何で? ずるい! 『爆裂疾風』の力、お兄ちゃんしか使えないじゃん!」
「どうもそうみてえだな……」
そういえば二階堂さんは、「たぶんもう、支配者化してしまっているでしょうし……」と語っていた。
この刃を何度も使ううちに、能力が自分に固定された――自分専用になった、ってことか? それが『支配者化』ということか……?




