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012拉致

(12)拉致(らち)


 放課後の1年B組の教室は、夕日の(くれない)に染め上げられている。俺は二階堂さんとふたりきりだった。

 もし恋人同士なら楽しい会話でもつむぐところだろう。だが、あいにくそんな関係ではない。両者の間には冷たい空気が壁を作り、こちらから投げかける(なご)やかさをたやすく跳ね返した。

 室内や廊下から物音がしなくなった。それを合図としたか、彼女は手を差し出す。

「そろそろいいでしょう。『爆裂疾風』を返してくださいませ。それはわたくしのものですから」

 ド正論だった。しかし俺は刀身の入った鞄を抱きしめ、首を振る。

「確か今朝、何でもひとついうことを聞いてくれるっていってたよな? あれを行使する。この『爆裂疾風』は俺のものだ。俺にくれ。頼む!」

 心の底から、魂から訴えた。一拍の間ののち、あきれたようなため息で返される。

「なぜそんなに欲しがるのですの? 正当な持ち主でもないくせに……」

 とげを生やした言葉に、俺は正直に答えた。

「自分に不足している力強さを補ってくれる、大事な宝だからだ」

 今日の暴走族をぶっ飛ばした力。誰にも負けない、圧倒的な破壊力。その魅力に取りつかれた俺にとって、この『爆裂疾風』を手放すことなどもはや考えられない……

「ひどいですわ」

 俺の話に、二階堂さんは腕を組んでしばし考えた。

「持っていることを見抜けなかったのは、確かにわたくしの失態ですわ。そうですわね……。たぶんもう、支配者化してしまっているでしょうし……」

 支配者化? 何だそれ。だが俺が尋ねるより早く、彼女はため息をついた。

「いいですわ。その八尾刀(はちびとう)は、あなたに差し上げます」

「ホントかよ!? やったぁ!」

 俺は飛び上がって喜んだ。この最高の結末に、支配者化がどうとかはどうでもよくなった。嬉しいなぁ……!

「ただし条件がありますわ。このことを立花先生に知られないようにしてください」

 立花? ああ、あいつも『爆裂疾風』を探していたんだっけ。今日は風邪で休んでいるんだった。

「なあ二階堂さん、立花とはどんなかかわりがあるんだ? 教師と生徒の関係以外に」

 だが彼女はこの問いを無視した。

「わたくしから立花先生へ適当に言って、あなたが『爆裂疾風』を持っていることをごまかしておきます。それとは別に、あの酔っ払いの中年のようなものたちが、小刀を手に入れようと暴力を振るってくる可能性がありますので、気をつけてくださいませ。そして今日みたいに、無闇に能力を発動させないこと」

 二階堂さんはそれだけ述べると、自分の鞄を持って出入り口に向かった。

「では話はおしまいですわ。ごきげんよう」

 えっ、まだ聞きたいことが山ほどあるんだけど。

「待ってくれ、二階堂さん」

「待ちません。望みはかなえましたわ。もう答えません」

 そうして彼女は立ち去ってしまった。


 俺は黄昏(たそがれ)の中をBMXで下校した。気分は最高だ。晴れて自分のものになった『爆裂疾風』。どんな(つか)をつけようか? 名前をつけてみたらどうだろう? などと上機嫌で考えながら走っていく。

 と、人気のない道にワンボックスカーが停まっていた。三菱のデリカスターワゴンだ。その中から人が出てくる。20代らしき女性だ。

 俺はよけようとしたが、女がわざわざぶつかろうとしてきた。俺はハンドルをどうしていいか分からずに切り、結果女性の目前でBMXごと転倒する。

「痛ってぇ!」

 俺が痛みにうめいていると、女は素早い動きでこちらへ迫ってきた。起き上がろうとする俺の口元へ湿った布をあてがう。俺は呼吸してしまった。

「うっ……」

 とたんにぼんやりと意識が遠ざかる。全身の力が抜けて、俺は道路に倒れこんだ。

 そこで視界に入ってきたのは、あの私立探偵・新郷哲也(しんごう・てつや)の顔だ。

「よう坊主。また会ったな。ちょいと付き合ってもらうぜ」

 俺はBMXと鞄とともに、車内へ放り込まれた。うかつだった。『爆裂疾風』が自分のものとなって有頂天になり、いつもの下校ルートを通ってしまったのだ。

 抵抗できぬままかき消されていく思考。車の走り出す振動音を子守唄に、俺の目は閉じた。

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