009ナイトフォール
(9)ナイトフォール
俺は数学の授業もそっちのけで、あれこれととりとめもなく考えていた。
あの日、二階堂さんは『放射火炎』と『爆裂疾風』の二本の小短刀を鞄に入れていた。なんで彼女は、そんな大事なものを外で持ち歩いていたんだろうか? そしてなぜそのことを、私立探偵の中年男・新郷哲也は知っていたんだろうか? 『放射火炎』は炎を、『爆裂疾風』は爆風を放つが、いったいこれを作った人間はどうやってそんな能力をこめたというのだろう?
俺の数々の疑念をよそに、時間はゆったりと流れていった。
「学食行こうぜ、夏原」
昼休みになり、俺は上山雄大の誘いで、浜辺真理さんも含めた3人で昼食を取ることになった。
学生食堂は空いており、俺はチャーシュー麺を、上山はカレーライスを、浜辺さんはオムライスを購入する。ここの学食は値段は少し張るが、味のほうは満点の保証つきなのだ。
向かい合って長テーブルについた。うまそうな香りが各トレイから立ち昇っている。示し合わせたように同時に発した。
「いただきまーす!」
俺たちは早速それぞれの飯にありつき、味覚への刺激を堪能する。
その中で、俺は浜辺さんに優しく問いかけた。
「浜辺さん、俺の小短刀のこと、二階堂さんに話したんだな?」
昨日、上山を自転車で吹っ飛ばした際、俺の八尾刀は鞄から出てしまった。それを浜辺さんが拾って、俺に渡してくれたのだ。他人に小短刀のことを知られたのは、あのとき以外にない。二階堂さんも浜辺さんに聞いたといっていたし。
「言っちゃいけなかった? ごめんなさい」
浜辺さんはものすごく申し訳なさそうに謝罪してきた。俺は苦笑して手を振り、鷹揚なところを見せる。
「いや、いいんだ。……それより、二階堂さんってどんな人なんだ? 浜辺さん、仲よさそうにしゃべってるけど」
「んーとねー……」
浜辺さんが二階堂さんと親しくなったのは、この六田高の入学試験のときだった。緊張感の漂うなか、テストの準備をしていた浜辺さんは、同じ教室ですっとんきょうな声を聞く。
「やばいですわ! やばいですわ!」
見れば、団子頭の女子が、自分のバッグの中をガサガサとかき回していた。目は血走り、額にはあぶら汗をかき、尋常ならざる表情だ。
通路を挟んで隣だった浜辺さんは、さすがに気になって「どうしたの?」と尋ねた。団子頭は泣きそうになって彼女に顔を向ける。
「筆記用具を忘れてしまったんですの!」
浜辺さんは声を立てずに笑った。不謹慎だとは思ったけど、どうにもおかしかったのだ。
「それなら私の予備を使ってよ」
浜辺さんは二階堂さんにシャーペンと消しゴムを貸した。好意に甘えた側は軽く感激する。
「ありがとうございますわ!」
それがふたりが知り合うきっかけだったらしい。
結局お互い合格して、同じ1年B組になった。そのことに、二階堂さんは運命的なものを感じますわ、と話したという。
「『きっとスサノオさまの――ナイトフォールのお導きですわ』と話してたよ。それはよく分からなかったけど、何となく宗教信仰めいたものが彼女にはあるんだろうなって思ったわ。だからそのことについては触れないようにしたの」
……上山はこの話は初めて聞いたらしい。記憶の畑で目的の野菜の収穫にはげんだ。
「『ナイトフォール』なら10年位前にできた新興宗教じゃなかったか? 数ヶ月前に若者向けのテレビ番組に、20代後半の幹部が出てきて悩み事の相談役をしていたぞ」
俺はチャーシュー麺をすすりながら、ふうんそうなのか、と思った。二階堂さんが新興宗教ナイトフォールの信者なら、あの火を吐く不思議な小刀は彼女の持ち物ではなく、教団のそれなのかもしれない。
ひょっとして教師の立花も信者だったり? そうだ、そこら辺を聞き出すのに、二階堂さんへの要求権を使おうか……?




