FPSの世界に飛んだ私は大量キルをキメたい
ゲームは好きですが、正直頭を使ってプレイすることができないエンジョイ人間が書いてます。なので、フィーリングで読んでいただいた方が楽しめるかと思います。
「なんで後ろにいるんだよ!?」
暗い部屋でモニターにかじりついて、自分をキルしたやつの名前を睨む。キルされる度に手に力が入ってしまうために、コントローラーがギリギリと軋む。力の入りすぎた指で押されるボタンはかわいそうになるほどにガチャガチャと激しい音をたてる。モニター左上に表示されたマップを小まめに確認して味方の死亡位置を確認。さらに、ヘッドフォンから聞こえてくる銃声を頼りに敵の位置を予測する。フィールドを進むときはクリアリングを欠かさず、敵を見つけ次第銃弾を叩きこむ。ひたすら、これを繰り返していくだけ。なのに、コソコソ後ろから回り込んで現れる敵、すぐに死ぬお粗末な仲間のせいで死んだりと散々な目に合うこともしばしば。そんな、散々な試合を終えて一息つく。とりあえずマッチを一回中止して落ち着こう。咥えていた煙草を大量の吸殻で埋まっている灰皿に無理矢理押し付けてコーヒーを淹れるためにモニターから離れる。
「ファーストパーソン・シューティング」通称「FPS」。根強いファンが多い人気のジャンルで、旬に左右されないのは魅力の一つとなっているゲームだ。私がプレイしているのは、銃を持って戦う戦争系だ。ホラーも人気だが、俺は戦争系が一番好きだ。銃を好きにカスタムして、色々頭をこねくり回して敵をキルできた時の爽快感がたまらない。
学生の頃に仲の良かった男友達に誘われて、最初の頃は一キルもできずに二桁のデスを飾って暴言を吐かれることも少なくはなかった。基本的にオンラインでの対人プレイであるから、民度の低さで他の追随を許さないのがFPSのダメところである。最初こそ友達に二度とやらないと泣きついた。けど、友達に宥められてズルズルとデス数を重ねていく日々を送っていた。そして、忘れもしない初めてキルを取ったときの圧倒的爽快感。それからは、取りつかれたようにプレイを続けた。学校を卒業して社会人になってからもやめることもなく、休みの日の前日は徹夜プレイは当たり前となっていた。
淹れたてのコーヒーを啜りながら、再びモニターの前に座る。そして、さっきの試合での反省点を考えて銃のカスタマイズやスキルの見直しを始める。私のやっているゲームでは最大20人でマッチして、味方チームと連携を取りながら敵をキルして、スコアリミットに先に到達したチームの勝利となるもの。味方は毎回ランダムにマッチするから味方の当たり外れが激しい時も珍しくはない。味方をフォローするにも、まず自分が万全の状態で挑まないといけいない。そのため、マッチしている時間よりも銃のカスタマイズをしている時間の方が長い時もある。
「よし!試し撃ちも良好!」
愛銃のAK-47をこさえてマッチを開始。調整した甲斐があって、腰撃ち精度は上がったから不意の対応がしやすいはず。思った通り、裏取りばかりしてくる奴の対応が格段にしやすくなった。幸運なことに敵チームに裏取り大好きな奴がいて、必ずと言っていいほど同じルートで裏取りに来る。だから、待ち構えているとキルし放題になる。すると、何回もキルされたことに憤慨して、敵がイノシシみたいにこっちを狙って突進してくるから、さらにキルしてやる。FPSでは冷静さを失った奴から死ぬんだよ。舌なめずりをして突進してくる敵をとにかくキルする。
「37キル!!サイコー!!ヒャッハー!!」
試合終了して自分のスコアを確認すれば37キルの表示。今回のマッチのスコアリミットは75だから、私がスコアの半分近くを取っていることになる。思わず両手を上にあげて歓喜の声をあげる。たまに、キルの波にうまく乗れた証である。デス数も二桁いかない状態で、これほど気持ちいいものはない。
「そうだ、スクショスクショ」
自身のスコアが乗っている画面をスクリーンショットで保存して、友達にドヤ顔のスタンプと一緒に送り付けた。気持ちのいいキルが取れたから、この爽快感と共に寝ようと思ってゲームを終了した。抑えきれないニヤニヤ顔を抱えたまま布団へ入る。明日はもっとキルが取れるよね。ね、AK-47。
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「おい、起きろ」
「ん…?」
気持ちよく眠っていたところを急に聞き覚えの無い野太い声に起こされる。寝起きで鈍い頭を持ち上げて。声の主がいる隣を見る。そこには、明らかに日本人ではない体格のいい男性がいた。驚きすぎて声が出せず、金魚のようにパクパクと口を開けては閉めてを繰り返してしまう。男性は訝し気に首をひねったあと変な奴だと言った。恐る恐る周り確認すると布団で寝ていたはずなのに、ごつごつとした無骨な車の座席に座っていた。さらに、先ほどの男性に負けないほど体格のいい外国人男性が数人座っていた。その誰もが銃器をぶら下げていていて、まるで戦争に行く人間のような様相だ。あまりの現実味のない光景に、あぁ夢なんだと思って再び目を閉じる。寝る前にゲームをし過ぎたのがいけないんだと少しばかり反省していると、車がブレーキを踏んだ振動が体に伝わってきた。
隣にいた男性に行くぞと声をかけられて、夢の癖にしつこいなと思いながらも渋々車を降りる。目の前に広がる光景に、私はまた金魚になった。海外の旅行特集で見たことがあるような気がする建物がずらりと並んでいた。いや、もっと身近で見たことあるような気もする。街なのか商店らしきものも見える。けれど、住人と思しき人たちの姿は見当たらない。現実味がないのに湿度も気温も匂いも五感がビリビリするほど感じる。それらが、目の前の光景は現実であることを突き付けてくる。そして、いつの間に装着していたのか、イヤホンから渋い声が聞こえてきた。
「敵を排除せよ」
その一言を合図に一緒に車に乗ってきていた男性たちは銃を構えて走り出した。男性たちは通路に身を隠したり、建物に入っていった。私はそのあとについて行くこともできず、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。すると、なにかの破裂音と共に突然足に衝撃が入った。
「え?」
間抜けな声を口から漏らしながら、足を見るために目を動かすと、なぜか視界の周りがうっすら赤い。そして、足からは血が出ていた。再び間抜けな声を出したところに先ほど同じようにして、今度は腹に穴が空いた。破裂音が銃声であることに気づいた途端に目の前にある建物に駆け込んだ。扉を閉めて壁に背中をつけてそのままずるずると座り込む。
「待って待って待って意味わかんない意味わかんないだけど…!」
真っ赤に染まった視界のなか、撃たれた足や腹を確認する。血が出ているのだけはわかったが、危険な状態なのか、助かるのかどうか素人ではわからない。怖い怖い怖い怖い。湧き上がってくる恐怖心から体の震えが止まらない。なぜ自分が撃たれているのか、ここはどこなのか、わからないことだらけだ。無意識に出てきた涙を拭った時に視界の赤みがなくなっていることに気づいた。さらに、痛みがない事にも気づいた。何かがおかしいと思って撃たれた箇所をもう一度見てみると、傷が消えていた。
なにがなんだかわからない中でも、仲間らしき男性たちを探して建物をゆっくり進むと窓から外をうかがっている男性を発見した。車の中で隣にいた人であることに気づいて、少しだけほっとした。
「あ、あの…!」
声をかけた瞬間に男性の頭が撃ち抜かれて血が飛び散った。腰が抜けてその場にへたり込んで凄惨な光景に頭を抱えようとした瞬間、私は見てしまった。男性の下半身が床に埋まっているのを。
「はぁ?」
先ほどまでの出来事も現実離れしていたけど、これはあまりにも酷い。あまりの酷さに逆に冷静になってきた。恐る恐る男性の遺体に近づくと、男性の体は小刻みに震えながら床に埋まっている。どこかで見たことある光景に遺体をじっと見つめる。
「あ。演算」
ついに思い出した内容は、演算が狂ってキャラクターが建物にめり込んでしまうゲームあるあるの光景だった。私のプレイしていたFPSでも死んだ敵や味方がよく異様なまでに宙を飛んだり、壁や床に埋まっていた。そこで、はたと気づいた。この町は私のプレイしていたゲームにあったフィールドに似ていることに。
「そんな、ラノベみたいなことある?」
撃たれたのに少しして治った傷、演算が狂ったかのような遺体の状態、ゲームのフィールドそっくりの街並み。これは、流行のアニメや小説のように、私はゲームの世界に入ってしまったのではないかと考えた。ということは、私にはチート能力が付与されているのではないだろうかと気づいた。ずっと背中に飾りのように背負われていた自分の銃を構えてみる。ゲームで愛用していたAK-47であったことに安堵する。カスタムも変わっていないように思う。
銃を構えながら、窓の外を見る。窓の外には見たことない顔の男性がいた。おそらく敵であろうとあたりをつける。ゲームとは違って現実の人間そのものの敵の姿に、引き金を引いていいのか迷う。もし、ゲームの世界ではなく、銃を撃ったことで殺人犯になってしまうのではないのかという恐怖もでてくる。額に汗が滲んでくる。その後ろで床に埋まっている遺体が元気にびくびくと泳いでいる。
「いやいや、床に埋まってびくびくする遺体が現実にあるもんか!」
引き金は思っていたよりも軽く、あっさりと引けた。AK-47はフルオートであるため、引き金を引き続けていれば弾が切れるまで勝手に連射をしてくれる。AK-47は反動が強い設定の銃だったから、連射はおすすめされていない武器だけど、今はとりあえず牽制がてらに撃ちまくる。数発敵に当たったけど、キルするまではいかず敵は物陰に隠れてしまった。今のうちにマガジンを変えて、次に備える。そして、物陰から敵が頭を出して来たらゆっくり1発ずつ撃つ。
「当たんねー!でてこいよ!卑怯者!!チートとかで貫通キルできないわけ!?」
暴言を吐きながら意地になって撃つ。こういった場合はチート能力が必ず付与されると思っていたが、違うらしい。そもそもFPSでチートとかアカウントがBANされてしまうから、当たり前かなど頭の片隅で考えながら撃ち尽くしたマガジンを捨てる。次のマガジンを差し込もうしたところに後ろから足音が聞こえてきて、はっと我に返ったときには遅かった。銃声を聞いた敵が距離を詰めてきていた。マガジンを変えている最中だったために対応できず、あたふたしているうちに私は撃ち殺された。
はっと目を覚ますと、最初の位置に戻ってきた。リスポーンしたのかと察した瞬間に膝から崩れ落ちた。身体に撃たれた痛みもなく、綺麗そのもので先ほど撃たれたとは信じられなかった。でもそれよりも、私には信じられないことがあった。
「初心者みたいな死に方した…!!」
目の前の敵に夢中になり、無駄な銃声で敵を呼んでしまって後ろを取られたことに焦って逃げることもせずに、マガジン交換に必死になって殺される。テンプレのような初心者あるあるの死に方を自分がしたことに悔しさと恥ずかしさがこみあげてきて、歯が砕けそうなほどに食い縛る。あの場面なら、窓から飛び出て全力ダッシュか、メインをしまってサブ武器を出して撃った方が良かった。FPSは冷静さを欠いたら死ぬ。そんなことは、よくわかっていたはずなのに明らかに冷静さを失っていた。
急にFPSゲームの中に放り込まれたかもしれない状況のなかで冷静でいられる方がおかしいかもしれない。それでも、FPSという得意のジャンルで殺されるのは屈辱そのものだった。子供のように地団駄を踏んでいる最中にも、リスポーンしてきた味方が敵陣に突っ込んでいく。そこで、ゲームの世界ならリミットスコアがあるのではないかと気づく。
よくある流行のアニメや小説なら目の前にそういったステータス画面のような物が映し出されるはずだが、私の目の前にそれはない。ふと、腕時計をつけていることに気づいて、昔やっていたゲームで腕時計でキルデスを確認できる機能があったことを思い出して見てみる。そこには、青いドットで26/0/1と書かれていた。26と書かれていた部分は見ている間にも動いていた。切り替えボタンらしきものを押してみると、赤いドットで35と書かれている。そして、味方がリスポーンしてくると数字が増えた。スコアが表示されていることに気づいて懐かしいなと笑ってしまった。
「ん?いやいや負けてね!?」
青が味方で左の数字がチームスコア、真ん中はキル数、右がデス数だとしたら、赤の数字は敵のチームスコアのはずである。ということは敵のスコアの方が上で、今も差が増えている。そして、私のキル数は0。私が呆然としている中、どんどん味方が敵陣地にアホのように突っ込んでいく。
「馬鹿野郎!!自分から弾につこっむ奴がいるか!!」
こめかみの血管が切れそうなほどに大声を張り上げる。味方は敵の位置を把握していないのか、同じルートでどんどん突っ込んでいっては、直線でしか移動しないために良い的となっていた。初心者の動きを見ているようで辛くなる。毎回ルートは変える、直線ではなくジグザグと横にずれながら動くだけでも被弾率は減る。たったそれだけのこともできていないこのチームでは、この差は頷ける。頷けるからといって、負けていいはずはない。
自分の装備を確認する。メインはAK-47、サブはリボルバー、手榴弾2個、催涙ガス1個。ゲームで設定していたままであることに安堵して、戦うためにAK-47を構えて味方の後ろにつく。味方の大半が前しか見ていないために後ろ、もしくは横を取られていると多く感じたためである。
案の定、味方はレベルが低いNPCと同じ動きをしているために、後ろや横からキルされている。味方には申し訳ないが囮になってもらい、味方を狙って撃った敵の銃の音から位置を予測して的確に撃っていく。コントローラーから実銃に変わって、もっとやりにくいかとも思ったが意外とスルスル操作ができる。ゲームの世界に転移したかもしれない関係で、なんらかのご都合主義が働いているのだろうと納得してどんどんキルを重ねていく。腕時計に表示されたチームスコアは70。ゲームと一緒ならばあと5で終わる。物陰に隠れて確認した敵スコアは71。追いついてきたことに思わずにやけてしまう。
味方を囮にしたり、自分を囮にして味方に撃たせたり、伏せ待ちをしたり、角待ちしたり、建物に籠られたら手榴弾をポンポン投げたりなど、自分がされたら嫌なことを徹底してやった。FPSは自分がされたら嫌なことを敵にする、性格が悪いやつが勝つゲームなんだよ。
スコアは敵が74、自チームが74。もう1デスもできない状況になったが、それは相手も同じ。あと1キルで勝てる状況になると、勝ちに焦ってしまうことが多い。しかし、焦って飛び出せばキルされてしまう。落ち着いて、敵の後ろを取るんだ。コソコソと足音を立てないように建物を経由して進んでいく。建物の扉を開けると、通路の陰にこちらに背中を向けている敵を見つけた。ラストがこいつだと思い、引き金を引こうとすると、後ろからわずかな足音が聞こえて振り返る。敵はもう銃を構えてこちらに向かって発砲しようとしていた。
こちらも照準をそちらに変えて、発砲する。銃の威力、弾の当たる場所によってこちらが先にキルされてしまうかもしれない状況で、少しでも勝つために私はジャンプした。ジャンプすることで的をずらす且つダメージが低い下半身に弾があたるようにするテクニックはFPSにおいてよくおこなわれる。はたから見るとぴょんぴょんバッタのように飛び跳ねている姿は間抜けそのもの。しかし、間抜けであろうとキルが取れればいいのだ。敵はバッタになった私の姿に引いているような様子を見せたが、おかげで照準がブレて私に弾が当たらない。
「ラスキルだー!!」
ジャンプしていようとブレることのないエイムで敵に弾を浴びせる。しかし、いくら当てても敵は死なない。意味がわからないと混乱しているとイヤホンから開始時と同じ声が聞こえてきた。
「試合は終了だ。無様な結果だな」
言葉の意味がわからず、スコアの確認をする。自チームは74のまま。対して敵は75。
「まけた…?」
子供のようなたどたどしい力のない声が口から漏れた。敵は苦笑いしながらこちらに歩み寄ってくる。そして、呆然としている私の肩をポンと叩いてきた。
「残念だったな」
そう言うと敵は去っていった。未だ呆然としていると目の前が真っ暗になって、気が付くとリスポーン地点に戻ってきていた。リスポーン地点では仲間たちがいつの間にか用意されていたモニターを見ていた。そこには、味方が敵に挟まれてキルされているシーンが流れていた。どうやら、私がキルよりも先にやられてしまったようで、それで負けたようだった。
仲間たちは最後に死んでしまって落ち込んでいる人を励ましていた。負けた原因がわかったことで落ち着いた私はとりあえず一服しようと服をまさぐっていた。しかし、私が普段来ている服ではなく戦闘用の服だったため愛飲している煙草はどこにもなかった。負けは仕方がない。後半は味方の動きも良くなっていたし、敵の方が一枚上手、もしくは敵の運が良かったのだ。それよりも試合後の一服がないことの方が落胆するに値した。地べたに座っていると、後ろから煙草が差し出された。
「死体びくびくさん…」
「びく…?これをお探しだろう?」
「ありがとうございます」
煙草をくれたのは死体が床に埋まってビクビクしていた男性だった。煙草を受け取って咥えるとびくびくさんは火をつけてくれた。なんて、親切なんだと思いながら頭を下げて目いっぱいに煙を吸う。五臓六腑に染み渡るような感覚に心底落ち着くのを感じる。落ち着くと考えることは、なぜゲームの世界(仮)に入って試合をすることになってしまったのかだった。
「アンタ、初めての割にはすごくいい動きだったな。こっちに来たばっかりの奴は、みんな死んでばかりでここまでキルできないからな」
煙草をふかしながら考えていると、隣にびくびくさんが座る。びくびくさんの口ぶりは私以外にも外から来ている人がいるようであった。明らかに何かを知っているびくびくさんに掴みかからん勢いで迫る。
「ここはゲームのなかなの!?私以外にも人がいるの!?どうしてこんなことになってるの!?」
鬼気迫る私の顔にびくびくさんは苦笑いを浮かべながら落ち着けと肩を軽く叩いて引きはがした。びくびくさんも煙草に火をつけると、ゆっくりと私の質問に答え始めた。ここは、ゲームの世界であり、時折私のようにこの世界の外から突然やってくる人間がいるという。そして、気が付くと彼らは消えているらしい。この世界に来てしまう条件や、帰る方法はわからない。びくびくさんたちは元々この世界の住民で、気ままに試合をしているという。
「今までのはへっぴり腰になって撃てないだの、帰りたいと喚き散らすなど情けない奴らが多かったが、アンタは女なのにキモが据わってるな」
「負けず嫌いだから」
私は昔からひどく負けず嫌いで、負けると悔しさのあまり泣き出すような子だった。けど、両親は子供相手でも容赦のない人たちだったから何度となく負かされ続けた。負けすぎて歯を食いしばって奥歯を二本ほど砕いたこともある。今も試合に負けたのだと思うと、悔しくて悔しくて歯を砕きそうだ。しかし、今は永久歯に生え変わっているから無駄にしたくないし、なにより安定剤の煙草のおかげで耐えられる状態になった。それでも、コントローラーは10個単位で壊したけど。
「アンタがうちのチームで一番キル取ってるし、あんまり落ち込むなよ。うちは万年負けチームだ。スコアがあそこまで迫ったなら上々だしな」
「悔しくないの?」
「俺たちのチームの設定はレベル1だ。最大10レベル中でだ。悔しいとかの次元は越えてるのさ。勝てるはずのない最弱の集まりだからな」
「じゃあ、私がびくびくさんたちの分もキル取ればいいわけだ」
フィルター付近まで吸った煙草の火を靴底に擦り付けて消してから、吸殻をびくびくさんに渡す。私は次の試合に向けて意気揚々とストレッチを始める。そんな私の様子を見たびくびくさんは少し引いたような笑みを浮かべながら、頑張れと一言残して去っていった。
さっきの試合でおおよその体の動きは掴めた。幸いにも銃の操作は素人の私でも問題なくできるようになっている。あとはゲームと同じように動けばキルが取れるはず。実際にさっきは取れていた。ただ、問題はマップに慣れないことだ。ゲーム画面で見るマップと実際に見て立って走るのではまったく違う。これにさえ慣れれば安定してキルが取れるようになるはず。
愛銃のグリップを握りながら、ゲームとは違うキル生活の始まりに胸を高鳴らせていた。
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やってきた次の試合。マップは屋外がメインだった前回とは違い、屋内戦がメインの場所だった。広いホテルは2階建で2棟に別れているが、2階にある連絡通路で繋がっている。この通路をきちんと見ていないとあっさり侵入されることも少なくない。また、屋内戦がメインだが、外回りでの裏取りが多いマップでもある。気を引き閉めていかないと良いようにされてしまう危険が高い。
前回と同じように車に揺られながら現地に着いた私はイヤホンから聞こえるであろう開始の合図を待つ。同じく合図を待つ仲間たちに目をやれば、前回と同じ顔ぶれのようだった。ゲームではランダムで仲間が決まっていたが、ここでは固定のようだった。
これから始まる試合への期待が高まりすぎて、私は鼻の穴を広げながらフンフンと上機嫌にAK-47の銃身を撫でていた。さらに、背負ったもう一丁の銃の活躍に心を踊らせる。そしてついに、イヤホンから偉そうな声で開始の合図が告げられた。
合図と共に真っ先にダッシュする。行き先は二階の通路。敵が来るより前に到着するために、最短距離を考えながら走る。そして、通路についたらあらかじめ用意しておいたセンサーマインをセットする。
センサーマインとは人感センサーが搭載された爆弾のこと。センサーに敵が触れればドカンとキルできる。相手のレベルがどれ程のものかわからないが、対人でもわりりと引っ掛かる人が多いから、NPCならより引っ掛かりやすいはず。通路にセンサーマインを置いたら、私は裏取り対策のために屋外へと出る。
味方の動きは前回と同様。無闇に突っ込む、物陰に隠れないなど言語道断なことを繰り返していた。しかし、びくびくさんの最弱チームという言葉をきいていたため、あまりイラつかなかった。
むしろ、差がつけば付くほどに巻き返してやったときの快感が強まることをゲームで学んでいた私は冷静に屋外の監視をする。屋外は静かなもので足音も聞こえない。足音を消すアイテムを使われていたらおしまいだが、銃声の響き方からして屋内に敵が集中しているのがわかる。
これは好機。こちらから、裏を取ってやろう。二つの棟を結ぶ通路の下を通りながら、戦況の確認をすれば、やはり通路が一番ホットのようだった。周囲警戒しながら腕時計を確認すると、こちらは3で相手は10という状態だった。今回の敵もうちのチームより強いらしい。
こそこそとゴキブリのごとき動きで、相手チームの背後を取りに行く。階段を登り通路付近まで行くと、自分チームの方に連射するNPCを3人発見した。これはこれは、美味しそうな背中ですね。口角が上がるのを止められないほどの、旨味に向けて銃を向ける。
AK-47から発射された弾は吸い込まれるように敵の体にめり込んでいく。2キルまですると、最後の一人がこちらに気づいて撃ってくるが、バッタになりきり敵の弾を避けつつそいつをキルする。3キル取って、次を探そうと思った瞬間に後ろから猛ダッシュしてくる足音が聞こえた。
後ろを振り返るとサブマシンガンを担いだ赤いスカーフをつけた敵がこちらの間近に迫っていた。AK-47は強い。しかし、どんなに強い銃でも適正距離が守られていないと、その強さを発揮できない。近距離にそんなに強くないAK-47では弾速が速く近距離に強いサブマシンガンには負けてしまう。
私は背負っていた銃とAK-47とを切り替える。そして、背負ってきていた銃で迎え撃つ。
結果はダブルバレルショットガンを持った私の勝ち。たしかに、近距離ではサブマシンガンも強い。しかし、近距離でさらに強いのはショットガンだ。特に今回持ってきたショットガンは近距離で一発キルができるものだ。相手のサブマシンガンは3発キルとキルレートはかなり良い。しかし、1発当てればOKのこれには敵わない。
しかも、何を思ったのか相当距離を詰めてきていたため、猿でも外さない状況だった。難点は2発しか入らないことだけど、詰められたとき用のサブだから気にしない。4キルを気持ち良く取った私は浮き足だって敵陣地を走り回った。
どうやら、今回のチームは前回のチームよりは弱いらしくスルスルとキルが取れていく。規定のキル数に応じて使えるアイテムを使って敵の位置を割り出したり、空爆したり、空からヘリで撃ってやったりと好き放題した。スコアは自分チームが68、相手チームが41と、現実だったらマッチ退室したくなるような差になっていた。ちなみに、私のキル数は48。こんなにキルを取るのは現実のゲームだってなかったことだった。私はコントローラーを握るより、銃のグリップ握ってトリガー引く方が性にあってるのでは?などと、調子乗りまくっていた。
ふと気づいた。異様に私だけを狙ってくる敵がいることに。私の周りに味方がいようとおかまいなしに、私だけを狙って撃ってくるが、エイムがゴミなのか掠りもせず背景へと飛んでいく。あくびしながらでもキルできるソイツは他のNPCとは違い、カッコつけたような赤いスカーフを身が目立っていた。どこぞの山猫か、はたまたZの兄貴なのか。変だなと思って気が逸れたところを、背後からキルされてしまった。正直ゴミエイムにキルされるのは滅茶苦茶に悔しかったが、油断した自分が悪いと地面に倒れてリスポーンを待っていた。すると、赤いスカーフは私の死体に向かって銃を連射しはじめた。
「…ん?」
これは、死体撃ちされている?死体撃ちとは相手がデスしているにも関わらず、銃を相手の体に向かって撃つ煽り行為の一種だ。マナーがすごく悪く、一部の人間からは毛虫のように嫌われている行為だ。実際されていい気分ものではない。なんだったら、こめかみの血管が音をたてて切れそうなほどに腹が立った。
「さっきのショットガンキルの仕返しかな?ぶっ殺す!!!!」
相手は赤いスカーフなんてお洒落を決め込んでいるため、NPCの中から探すのは簡単だった。どんなに、周りに敵がいようともソイツだけは必ずキルするように立ち回った。死体撃ちなんて下品な行為はしない。ひたすらに、赤いスカーフだけを狙ってキルしていった。だんだん赤いスカーフは頭に血が上りすぎたのか、エイムがさらにゴミ屑化、さらに同じ方向からしかこないという雑魚ムーブをかましてくれたのであの手この手でキルしてやった。そして、ラストキルもソイツで飾った。
イヤホンからの勝利を祝う声を聞き届けて、自分のスコアの確認をする。私のキル数は59と、もはやゲームではなかなかあり得ない数字を叩き出していた。あまりの気持ち良さに小躍りしていると、ラストでキルされて地面に転がっていた赤いスカーフが怒鳴り始めた。
「お前NPCじゃなくて、プレイヤーだろ!!!おかしいだろ!!チートだチート!!!通報してやる!!!!」
半分涙声になっていて情けないことこの上ない。そして、赤いスカーフもNPCではなくプレイヤーだったらしい。NPCとは思えない感情的な動きや、死体撃ちという行為からほぼ間違いなくプレイヤーだとは思っていた。
「チートなんか使ってません。実力です。じ・つ・りょ・く」
「ぐぎぎぎぎ…っっ!!!!」
「というか、私と同じようにゲームにはいっちゃった人って本当にいるんだ」
「お前元の世界に戻ったら覚えとけよ!!!ID教えろ!!!俺はくりまんじゅう大魔王だ!!!」
「ダッサ」
「ぎいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!」
般若のような形相で叫び散らかすくりまんじゅう大魔王に憐みの視線を注いでいると、リスポーン位置に強制的に戻された。リスポーン位置にはびくびくさんを含む仲間たちが待っていた。みんな笑顔で私に拍手をくれた。
「お前すごいな。今まで見たことがないほど強かった!」
「えへへ。ありがとうございます」
素直な称賛の言葉に気恥ずかしさを感じながらも、こちらも素直にお礼を言う。びくびくさんは胸ポケットから煙草を取り出すと一本私に向けてきた。完勝した一試合後の一服ほどうまいものはない。ありがたく頂くことにした。
「これからも、うちのチームで活躍してほしかったけど、お前は元の世界に戻るみたいだな」
「へ?」
唐突な言葉に間抜けた声が口から漏れた。びくびくさんが私の足元を指差したため、そちらに目を向けるとゆっくりと足元から上向かって消えている最中だった。
「え、もう終わり…?」
もっとたくさんキルを取りたかったのにと残念な気持ちを抑えられず情けない声を出してしまう。びくびくさんはそんな私の顔を笑った。
「この世界に来る奴も帰る奴もいつも突然だからな。諦めな。お嬢ちゃんとチームが組めて楽しかったぜ」
「私も楽しかった!でも、びくびくさんたち弱すぎるから今度もし来れるならもっと強いチームと組んでみたいな」
最後だからと本音をさらりとぶちまけてみるとびくびくさんたちは苦笑いをこぼしていた。びくびくさんからもらった煙草を一吸いすると、辛みが舌に絡み付き喉を刺激した。うまい。
「じゃあね、びくびくさんたち。元気でね」
「あぁ。お嬢ちゃんもな。ところで、びくびくさんてなんなんだ…?」
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ふと気がつくと私は自宅の椅子に座っていた。頭が鈍く、寝起きのような重さだった。夢だったのか。随分と楽しい夢だったなと、持っていた煙草を口に持っていく。
「あれ?」
あまりにも自然すぎて気づくのに僅かに時間がかかった。私の手には一本の火のついた煙草があった。煙草の燃え方からしてつい先ほど火をつけたような感じだった。しかし、この頭の重さは間違いなく長い時間寝ていた感覚だ。そして、その煙草の味は私が普段吸っているものとは違った。これは、びくびくさんがくれた煙草だと気づくのに時間はかからなかった。
「夢…じゃなかった…??」
びくびくさんがくれた煙草なのは理解しても、ゲームのなかに入っていたことが、夢ではなかったということを理解するのは時間がかかった。どうにか、現実であったことを飲み込んで、大量キルした快感を思い出して噛み締めた。
「よし、キルしに行くか」
私はゲームを起動して、今度は銃のグリップではなくコントローラーを握った。
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「あ、くりまんじゅう大魔王だ」
あいつも帰れたのか。ちなみに、ゲーム内と変わらずゲームでもエイムはゴミだった。
拙い文章であったかと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうござました。