吸血姫は、出逢う(2)
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「あれ、誰だろう……。ちょっと待ってて」
彼女が扉を開けると、そこには私たちと同世代ぐらいの男の子が立っていた。
「あ、エルマ。良かった、生きてて。どうせまた、ドレスに夢中になってるんだろうなって様子を見に来たけど、随分と元気そうじゃん」
「あー……ありがとう、カミル。実は、倒れてあの二人に助けて貰ったんだ……」
「はあ? ったく、いつも言ってるだろ。食べることと寝ることは忘れるなっ……て……」
カミルは私たちに目を向けると、何故だか目を大きく見開いて固まった。
「やば……ありえない程、美形じゃん! なあなあ、俺に髪を弄らせてくれないか!?」
興奮したように頬を赤らめさせ、カミルは私とノックスに近づいて来た。
「はいはい、ストップ! 言ったでしょう、二人は私の恩人だって。そんな不躾に近づかないでくれる?」
「いやいや、何でそんな普通でいられるんだよ。二人見てたら、創作意欲がヤバイほど湧かねえか?」
「それは同意だけど、今のあんた、完全に不審者だから。……ごめんね、二人とも。彼は、カミル。私の幼なじみで理髪店を開くのが夢なんだ。だからこう……なんて言うか、美しいものに目がないと言うか……」
「見える! 見えるぞ! 新しい流行が!」
一人叫びながら私とノックスを凝視するカミルは、残念ながらエルマの言う通り完全に不審者のようだった。
「だーかーら、カミル! ストップ!」
そんなカミルを、エルマは殴って止める。
結構いい音がして、若干カミルが心配になった。
「はっ! 悪い、悪い。つい、熱が入っちまった。……えっと、俺はカミル。二人は……」
けれども彼女の打撃は功を奏したのか、カミルの瞳に理性が戻っていた。
「私の名前は、アウローラ」
「ノックス。よろしく」
「そうか。アウローラと、ノックス。エルマを助けてくれて、ありがとう」
「いえいえ」
「……で、二人とも。俺に、髪を弄らせてくれないか?」
「カーミールっ!」
再び、エルマの雷が盛大に落ちた。
その後理性を取り戻したカミルが私とノックスにお礼をしたいとのことで、四人で夜ご飯を食べに行った。
最初は遠慮したんだけど、カミルの熱に負けて。ノックス以外の同世代の人たちと遊んだことがなくて、その誘惑に勝てなかったということもあるかもしれないが。
「カミルは、どうして理髪店を持つのが夢なの?」
「人って、まずは見た目から入るだろう? どんなに中身が紳士だろうが博識だろうが、見た目が胡散臭くちゃ、話にならねえ」
確かに、とカミルの言葉に頷く。
「初見で相手のどこを見るかって言うと、顔。で、頭は相手の顔を見るときに嫌でも目に入るだろう?」
「まあ、そうね……」
「だから、俺はその髪を整える奴になりたいんだよ。顔って、弄るのに限界があるだろう? けど、髪の可能性は無限大だ。俺は、新たな流行を俺の手で生み出したい」
自分と同世代だと言うのに、しっかりと目標を持つカミルのことを尊敬した。
カミルといいエルマといい……なんとまあ、しっかりしていることか。
「どうせなるなら、国一番の理髪店を持ちたい。……で、その成功の鍵は、どうやって貴族に気に入られるかだ」
「どうして、貴族なの?」
「そりゃ、かける金が違うから。あいつらは自分を飾り付けることに金の糸目をつけない。こっちとしても、色んな髪型に挑戦できるってもんだ」
「あー……なるほど」
「けどそうすると、新たな流行を作って評判を作ることが大事なんだよな。腕を磨いて地道にコツコツと評判を得ることも、勿論大事だけどさ。そんな訳で、さっきは二人に絡んじまった。二人を見ていると、どんどん創作意欲が湧いてな。悪かった」
カミルはそう言いつつ、軽くその場で頭を下げる。
「危害を加えられた訳でもないし、そんなに気にしなくて良い。むしろこちらとしては、こうして美味しいお店を紹介して貰えて良かった」
そんなカミルに、ノックスがフォローの言葉を伝えていた。
「まあ……私もカミルの気持ち、分からなくもないけどね。恩人だってことがなかったら、真っ先に飛びついていた自信があるもの」
「エルマもそう思うよな。……そう言えば、二人とも珍しい髪と目の色だけど兄妹かなんかか?」
「ええっと……」
「彼女は、俺の許婚」
サラリと、ノックスが答える。
その答えに、一人顔が熱くなった心地がした。
「許婚ぇ!? え、二人とも……もしかして貴族か?」
「まさか。俺たちは田舎の村の出で、このぐらいの年で将来を誓い合うのも当たり前なんだ」
よくもまあ、ペラペラと嘘が出てくるものだと呆れるというか、感心するというか。
私たちの婚約は、里でも異例の早さだ。
「へ、へえ……そんなもんなのか」
あまりにもあっさりと答えたからか、二人はまるっとノックスの言葉を信じたようだ。
真偽を確かめる術がない、ということもあるだろうけど。
「じゃあさ、二人はこの街にどうして来たの?」
「特に理由はないんだ。強いて言うのなら、アウローラが色んなところを見て周りたいって言ったからだな。俺としても、村に閉じ篭っていることに飽きてきたし」
「あー、なるほど」
「じゃあさ、今度二人とも私のモデルになってよ」
「ずりぃぞ、エルマ。俺も、俺も!」
エルマとカミルは、二人揃って目を輝かせていた。
「だとさ。どうする? アウローラ」
……こんな状況で、話を振らないで。
内心そう思いつつ、ため息を吐く。
「……二人が街を案内してくれるなら」
期待に満ちた目に断ることもできず、私は承諾した。