吸血姫は、出逢う
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「ねえ……ノックス。あの串焼き、美味しそうじゃない?」
血の盟約を交わしてから、早十年。
里の外に出てぶらりと街を歩く。
キッカケは何だったか、もう覚えていない。
意外と、外の世界では私たちの色彩なんて目立たない。
むしろ里を出た方が、楽に息が吸えるほど。
閉鎖的な世界だからこそ、自身の考えも凝り固まって。
余計に、この色彩が頭から離れなくなっていたのかもしれない。
外を向けば、居心地の良い世界もあるもんだな、と素直に驚いた。
おかげで、街歩きは最早日課だ。
「そうだな。すみません、二本下さい」
ノックスが差し出してくれた串焼きを遠慮なく、食べる。
「うん、やっぱり美味しい!」
「味付けが独特だ。……この香辛料、何を使っているんだろう?」
「お、君。お目が高いね。これは、南方で取れる特殊なスパイスを使った秘伝のタレが味の決め手だよ」
「へえ……ちょっとそのスパイス、見せて貰えますか?」
私が食べることに夢中になっていた間に、興味がスパイスに移ったらしいノックスは、店員とスパイス談義に話を咲かせていた。
……こうなると、長い。
長い付き合いの中ですぐに悟った私は、その場からあまり動かないようにしつつも他の店に目を向ける。
「お待たせ、アウローラ」
「ううん、全然。収穫はあった?」
「スパイスの効能を研究するのは、面白そうだ。物によって効能は全然違うようだし、それぞれ味も楽しめる」
「ふーん……こっちの世界にも、色々スパイスがあるんだねえ」
「前の世界にも、あった?」
「勿論。この世界と同じかどうかは、分からないけど。美容とか健康に良い、って言われてたわね」
そんな会話をしつつ、私たちは市場を冷やかしていた。
「今日はヴラド義兄さんに、どんなお土産を買って行こうかな」
「……無難なものが、一番だと思うぞ」
そう言ったノックスは、何故か遠い目をしている。
「ダメダメ。折角買っていくなら、しっかり吟味しなきゃ。何か珍しいモノとか、面白いモノないかなー」
「ああ……そうだな。……でも、できれば使えるものとかの方が良いと思うが。例えば、置物とかは増えると置き場所困るだろう?」
「うーん、それは確かに」
あれやこれやとヴラドへのお土産を買うべく見回ったけれども、しっくりとくるものが見つけられなかった。
そうして、いつの間にか市場の端まで来てしまっていた。
「うーん、悩むなあ」
そんな時、すぐ隣を歩いていた女性がフラリと倒れた。
「え? あの、大丈夫ですか……!」
私は慌てて、彼女に駆け寄る。
そして彼女を抱き上げ、声をかけた。
「……ご、ごはん……」
震える声色で呟かれた言葉に、思わず私とノックスは揃って目が点になった。
「……えっと、どうしよう……」
「とりあえず、ざっと診たけど体に異常はないみたいだ。本人の申告通り、食事をあげるのが一番だな」
そんなノックスの助言を受けて、私は手近な店から幾つか消化の良さそうなものを買った。
幸い市場には出店のようなところだけではなく、簡単に食べられるスペースもあったから、そこに彼女を運び込む。
彼女は食事の香りに目を開くと、驚くようなスピードで食べ始めた。
「えっと……そんなに急がなくても、全部貴女の分だから。というか、あまり急いで食べると、それはそれで体に良くないと思うのだけど……」
控えめな助言は彼女に届かず、そのままの勢いで彼女は食べ続けている。
そうして全て食べ終わる頃には、彼女の顔色はすっかり良くなっていた。
「迷惑をかけちゃって、ごめんなさい。私の名前は、エルマ。ちょっと、ここ一・二日寝食忘れてたから、力尽きちゃったみたい。食事の代金、いくらだった?」
「私の名前は、アウローラ。体調が良くなったなら、良かった。彼は、ノックス。困ったときはお互い様だし、食費のことは気にしないで」
「そんなに甘えられないよ。助けて貰った上に奢って貰うなんて」
じゃあ……と私は、エルマから代金を受け取る。
「本当に、有難うね。アウローラ、ノックス。……そうだ! 時間、ある? お礼がしたいの」
「いやー……殆ど何もしてないから」
「そんなこと言わずに、ね? ついて来て」
取り敢えず、私たちはエルマの後を付いて行く。
彼女の目的地は、市場から遠くない場所にあった洋服の店だった。
「私、ここの店で針子として働いているの。いつかは、こんな風に自分の洋服店を開くのが夢」
私たちは裏口らしきところから店の中に入る。
作業場らしきスペースには、所狭しと机の上に布やら刺繍糸が散乱している。
「新しいドレスを作ってたんだけど、つい夢中になってね。飲まず食わずで二日経っちゃってたのよ。完成した途端、お腹が空いてることを自覚して、それで市場に向かったの」
「よく、市場まで辿り着けたね」
「まあ、しょっちゅうだから。とは言え、流石に倒れたのは、初めてかも」
「……程々にね」
「うん、まあそうするよ。……さ、これがお礼。好きなものを選んで」
そう言って差し出されたのは、美しい刺繍の入ったハンカチだった。
「え、これ良いの? 売り物じゃ……」
「大丈夫、大丈夫。図案を考えるときに作った、ようは習作だから。勿体無いから、ハンカチーフにしただけ」
「ええっと、じゃあコレ」
私は紫色の美しい花が縫われていたハンカチを受け取る。
「なんだか、こっちの方こそがお礼しないとダメね」
「お礼のお礼? 面白い発想ね。でも、いいよ、いいよ。そんなに気を使って貰っちゃうと、こっちの方が恐縮しちゃう」
「そう?」
丁度その時、玄関の方からベルが鳴った。




