吸血姫は、苛つく
4話連続投稿します
私は大人、私は大人、私は大人……と、何度も自身に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
私生活は、ノックスとの婚約で幸せいっぱいだ。
一緒に暮らすのは先のまた先の話で、今まで通り実家住まい。
けれども会う度に、この人と婚約したんだな、と心が弾む。
共にいると、今まで以上に幸せを感じる。
けれども残念なことに、学園生活は灰色。
むしろ、黒色か。
机の中を見れば、教科書が細切れになっていた。
……一体、何度目か。地味にイライラする。
それで、私は大人……と、何度も心の中で呟いている、という訳だ。
実際、私は前世の記憶がある分、同学年の子たちよりも精神年齢は上だ。
その「おかげ」と言うべきか、その「せい」と言うべきか、大人のプライドとして、手を出したら子どもに負けという気持ちがある。
加えて真祖の自分だと、どんなに手加減しても相手に大怪我を負わせる可能性が高い、と冷静に考えてしまう始末。
……特に最近は、年々力が高まっていて、とてもじゃないが良い塩梅に力加減ができない。
昔、魔法授業の後で拳で語り合ったことがあったが、あれは力が高まる前だからこそできたこと。
「アウローラさん?」
先生に声をかけられて、我に返った。
「教科書の三十二ページを読んで下さい」
「教科書がないので、読めません」
「あら、忘れたの? それじゃ、イデルさん」
イデルという子の朗読を聞きながら、再び考えに没頭する。
誰が犯人なのか。
こそこそ隠れて嫌がらせ……本当に、陰湿だ。
直接喧嘩を売る度胸がないからこそ、なのだろうが。
「最後に、この前の小テストを返します」
いつの間に授業が終わったのやら、先生が一人ずつテスト用紙を返していた。
「アウローラさん、満点です。流石ですね」
「ありがとうございます」
素直に礼を言って、受け取った。
先生が全員分を配り終えたところで丁度授業の時間が終わり、先生はそのまま去って行った。
「真祖だからって、贔屓されているんじゃない?」
「えー、それってズルい」
「でも確かに、教科書も持たないような不真面目な人が満点って、できすぎだよね」
先生が去った後、三人の声が聞こえてきた。
一人は、イデルの声だ。
内緒話にしては、大き過ぎる声量。
……あえて、私に聞かせているのか。
それとも、身体能力が高いからこそ、よく聞こえるのか。
そんなくだらない事を考えるのは、気を紛らわせるためだろう。
もう一度、深く溜息を吐いた。
「……学校、面倒」
家に帰ると、何故か既にノックスがいた。
「……分かる」
苦笑と共に、彼も言葉を吐き捨てた。
「校舎を壊しちゃダメかな。今の力なら、何度か殴れば粉々にできそうな気がする」
「壊しても、直せるよ」
「時間とお金をかければ、ね」
「少なくとも、金を出すのは自分になるかな」
「あ、それは無理ね」
もう一度、溜息を吐いた。
「それに、校舎を壊したら……名前、何だっけ。学校の友だち。カナル? サエル? と会う機会が、なくなるよ」
「カルエ、ね。別に学校でしか会えないわけじゃないし、そもそも最近、私の周りが騒がしいから、学校ではあまり接触しないようにしているのよ」
「へえ……」
「そういえば、今度の休みにカルエとパイを作る約束していたんだ」
ふと、ノックスの視線を感じた。
「……どうしたの? ジッと顔を見て。何か、私の顔に付いている?」
「否、スゴいなと思って」
「スゴい? え、パイを作ること?」
純粋に質問したのに、彼には冗談に聞こえたらしく、笑い出した。
「ちゃんと人付き合いをしてる」
「ちゃんと、かどうかは分からないけど……」
「してるよ。友だちができた、と聞かされた時には驚いた」
「……そんなに人見知りに見える?」
「いやいや、周りから化物と思われている中で友達ができるなんて、純粋にスゴいと思う。拳で語り合った事件の時も、何がどうなったのか拳で語り合った相手方と、いつのまにか交流を持っていたし」
前世の知識と真祖というアドバンテージのおかげで、学校で学ぶことは殆どない。
だからこそ、人脈を作らなければ、何のために学校に行くの? となってしまう。
それ故に、人脈作りに力を入れてきたのは事実。
「僕はダメだ。頑張ろうと思うほど、周りに興味が持てない」
「ノックスらしいけどね」
「だろう? まあ……今は上手くいってなかったとしても、これまでの頑張りが消える訳じゃない。だから、胸を張っていなよ」
「……ねえ、ノックス」
「ん?」
「ありがとう」
そう言って、彼にくっついた。