吸血姫は、呪う
結婚の約束をしたところで、さして生活は変わらない。
それも当然。いかんせん、私たちは十歳と七歳の少年少女なのだから。
里に法律なんてないけど、大体結婚は五十歳ぐらいが普通。人でも異例の早さだけど、里の中だともっと異例な早さで結婚を決めたことになる。
結婚の約束をしたことは、どちらの親にも報告済。
『あらあら、微笑ましい』なんて一蹴されるかと思ったけれども、思いの外、両親は真剣に受け止め、喜んでくれた。
……特に母親達は、泣いて喜んだ。
多分、心のどこかで心配し続けていたのだと思う。
私たちが誰からも置いていかれるということを。
だからこそ、同じ時の長さを過ごせる人を伴侶として選んだことを喜んだのだろう。
単純に、家族ぐるみで仲が良いからというのもあるかもしれないが。
「……本当に良いのか?」
「あら……今更それを聞くの? 私の気持ちを疑っているのかしら?」
問いに問いを返せば、ノックスは笑う。
そのまま彼は手首を思いっきり、切った。
私も同じく手首を切る。
溢れ出る赤い血を、机に置かれた二つのグラスに注いだ。
「こういう時、何て言うんだろう」
照れているような、少し困ったような表情。
それを見て、思わず私は笑った。
「さあ……何だろうね?」
私たちの血が混じったグラスを手に取る。
「それじゃあ……乾杯」
「乾杯」
キン、とグラスがぶつかり合う。
そして私たちは、グラスの中身を飲んだ。
今、私たちがしているのは『血の盟約』。
互いに互いの血しか飲めないようにする、契約の一種だ。
主に将来を誓い合った人たちが行う儀式なのだけど……今の時代じゃ、あまりその契約を結ぶ人はいない。
特定の人からしか血を飲めないというのは、デメリットでしかないからだ。
吸血鬼は人間と同じように普通の食事を摂る。
けれどもどれだけ栄養満点の食事を摂り続けても、血を飲まなければならない。
血を絶ち続ければ、飢餓感に襲われ、体調も著しく悪くなる。
つまり『血の盟約』で特定の人からしか飲めなくしてしまうと、その相手を失った場合、ずっと飢餓感を抱えて生きていくことになる……ということだ。
「……やっぱり、自分の血が入っていると美味しくないね」
グラスの中身を飲み干し、思わず呟く。
「同感。……口直し、いる?」
「いる。……ノックスも、いる?」
「いただきます」
そっと、彼の首筋に顔を近づけて牙を立てた。
「やっぱり、ノックスの血は美味しい。儀式の後だからか、いつもより余計に美味しい気がする」
「それは興味深い。……まあ俺としては、アウローラの血の方がおいしいと思うけど」
そう呟きながら、彼もまた私の首筋に牙を立てた。