執行官、目覚める
目を開けると、見たこともない天井が一番に視界に入ってきた。
……あれ。
昨日、私はエンダークに向かって、それで……。
そこまで思い出したところで、飛び起きる。
幸いにも、体調は良好。
とりあえず、昨日迷惑をかけたことを謝らないと。
軽く身支度を整えると、すぐさま部屋を出た。
「……おや? 君が執行官さんかい?」
部屋を出たところで話しかけてきたのは、白衣に身を包んだ、見知らぬ女性。
眼鏡をかけている、可愛らしい顔立ちの人だ。
「おはようございます。はい、執行官として王都より参りましたディアナ・バルデと申します」
「ご丁寧に。私の名前は、ネージュ。この屋敷に居候中なんだ。よろしくね」
……居候、という言葉に疑問に思わなくもないけれども、素直にネージュが差し出してくれた手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。あの……ルフェさんは、どこにいますか?」
「下にいる。でも、今の君にまず必要なのは、熱々のシャワーかな。君、走った後そのまま寝ちゃってたでしょ」
「ああ……失礼しました」
しょんぼりした気持ちが、つい表に出る。
大見得きって着いて行ったのに、結果は途中でリタイア。
屋敷にいる皆がその事実を知っているのかと思うと、少し恥ずかしい。
「ははは、気にしない、気にしない。アウローラ様とルフェと一緒に来たんでしょ? 私からしてもそれ、何の罰ゲーム? って感じだもん」
「ネージュさんの目から見ても、二人は別格なんですか?」
「そりゃあね。アウローラ様は言うに及ばず、ルフェも領地の中じゃあアウローラ様の次に身体能力が高いからねぇ」
「はあ……なるほど」
「まあ、だからさ。君がアウローラ様とルフェに付いて行けなかったのは、仕方ないよ。ルフェもそうなることが分かっていて、君に付き添ったんだと思う」
「……あの、一つ質問を宜しいでしょうか」
「うん、何だい?」
「王都の者たちは『弱い』と、そう思われますか?」
「……この領地の人たちはね、黄昏の森に出る魔物を討伐するために、先祖代々強くなりたいと研鑽を続けてきた。だからこそ、実力にプライドを持ってる。……それでもし、君に失礼なことを言っていたらごめん」
「あ、いえ……」
「その上で、個人的な意見を言わせて貰うと……平均値なら、伯爵領の方が高いと思っているよ。この領地に出現する魔物は、強い。そして私たちは、常にそれと戦うために鍛えているからね」
「黄昏の森にいる魔物は、そこまで強いのですか?」
「……君、バートリ伯爵領の成り立ちを知らないのかい?」
「それ、ルフェさんにも聞かれました。ですが……」
「ああ、良いよ。責めている訳じゃないから。そうか……正しく伝わっていないのか」
ポツリ、呟かれた言葉に益々私は内心首を傾げる。
「ああ……気にしないで。きっと、ここにいれば自然と知るだろうから」
「教えていただくことは、無理でしょうか」
「……。折角この領地に滞在することが、許可されたんだ。君は、君の目で見るべきだろう」
「……分かりました」
「ま、今はそんなことよりも、さっさと支度をしてしまった方が良いよ。ルフェ、出かけちゃうと思うよ。その前に話したいことは話しておくべきだ」
「……そう、ですね。有難うございます」
釈然としないながらも、今すべきことはネージュの言う通り、さっさと支度をすることだろう。
それから私はネージュに案内をして貰った浴室に向かった。
領都の屋敷と同様、栓を回せば温かい水が出る。
……あり得ないほど、便利。
領都で散々驚いたけれども、ルフェを含め屋敷の使用人は『何を当たり前のことを』というような反応だった。
……当たり前? これが?
少なくとも私は、こんな設備を見たことも聞いたこともなかった。
王都よりもバートリ伯爵領の方が、技術力も価値も高いものなのかもしれない。
「……本当に、この領地は何なの……」
その呟きは、お湯を流す音共に消えて行った。
支度を終えると、ネージュの案内で使用人が集まる部屋に向かった。
使用人専用の部屋と聞いたけれども、そうとは思えないほど立派なそれだ。
貴族が使う応接室と考えれば装飾品が一段二段劣るものの……商店の応接室と言われても頷けそうなレベル。
……改めて思ったけれども、バートリ伯爵の財力ってどれ程なのだろうか。
普通、こんな立派な部屋を使用人たちに与えないだろう。
そこまで考えたタイミングでルフェさんを見つけて、考えることを止めた。
「おはようございます、ルフェさん」
「あー、おはよ」
「……昨日は面倒をかけてしまい、申し訳ございませんでした」
頭を下げつつ、謝罪の言葉を口にする。
「顔を上げろ。……謝罪は不要だ」
「ですが……」
「ああなることが分かっていたからこそ、俺はお前に付いて行った。それに、アウローラ様に迷惑がかかってさえいなければ、俺としては別にどうでも良い。だから、謝る必要はない」
「……ルフェさんが気にしなくても、迷惑をかけた事は事実です」
「はー……分かった。謝罪は受け入れる。それで? 他に用件は?」
「ええっと……他は、特にありません」
「……ルーフェー。そんな不機嫌そうな顔をしない。ホラ、ディアナが困っているよ」
ルフェの後ろに立っていたネージュが、ソファーに座る彼の覗き込むように腰を屈めながら言った。
「おまっ……近えよ、ネージュ」
「あははーごめんごめん。でも、ホラ。私、沈んだ空気って苦手だからさ」
「もう良いから離れろよ」
「おおっと、ごめんごめん。それにしても、ルフェ。さっきフェブルさんに呼ばれていたけど、それが不機嫌の原因?」
「別に、不機嫌じゃない。元々こんな感じだ」
「あはは、でもフェブルさんに呼ばれたってことは否定しないんだ」
「別に知られて困ることじゃない。ディアナに街を案内しろって」
「ふーん、ディアナをねえ。ああ……そっか。だからさっき君は、ディアナに用件を聞いたのか」
「そーゆーこと。……アウローラ様の願いだってフェブルさんは言ってたし、受けるしかないだろう?」
「それはそうだねぇ」
当の私が会話に参加していないのに、ルフェさんとネージュさんの間でどんどんと話が進んで行く。
そんなことを考えていたら、ふと、ネージュさんと目があった。
「良い機会じゃないか、ディアナ。エンダークの観光を楽しむと良いよ」
「え、しかし……私は執行官として……」
「良いじゃん。執行官って、領地を把握するのも職務の一環デショ?」
「それは、そうですが……」
「ほら、さっさと行くぞ」
そう言って、ルフェさんはさっさと出て行く。
仕方なく、私も彼の後を追って外に出たのだった。




