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暁に立つ吸血姫  作者: 澪亜
現在編
51/54

執行官、目覚める

目を開けると、見たこともない天井が一番に視界に入ってきた。


……あれ。

昨日、私はエンダークに向かって、それで……。


そこまで思い出したところで、飛び起きる。

幸いにも、体調は良好。

とりあえず、昨日迷惑をかけたことを謝らないと。

軽く身支度を整えると、すぐさま部屋を出た。


「……おや? 君が執行官さんかい?」


部屋を出たところで話しかけてきたのは、白衣に身を包んだ、見知らぬ女性。

眼鏡をかけている、可愛らしい顔立ちの人だ。


「おはようございます。はい、執行官として王都より参りましたディアナ・バルデと申します」


「ご丁寧に。私の名前は、ネージュ。この屋敷に居候中なんだ。よろしくね」


……居候、という言葉に疑問に思わなくもないけれども、素直にネージュが差し出してくれた手を握った。


「こちらこそ、よろしくお願いします。あの……ルフェさんは、どこにいますか?」


「下にいる。でも、今の君にまず必要なのは、熱々のシャワーかな。君、走った後そのまま寝ちゃってたでしょ」


「ああ……失礼しました」


しょんぼりした気持ちが、つい表に出る。

大見得きって着いて行ったのに、結果は途中でリタイア。

屋敷にいる皆がその事実を知っているのかと思うと、少し恥ずかしい。


「ははは、気にしない、気にしない。アウローラ様とルフェと一緒に来たんでしょ? 私からしてもそれ、何の罰ゲーム? って感じだもん」


「ネージュさんの目から見ても、二人は別格なんですか?」


「そりゃあね。アウローラ様は言うに及ばず、ルフェも領地の中じゃあアウローラ様の次に身体能力が高いからねぇ」


「はあ……なるほど」


「まあ、だからさ。君がアウローラ様とルフェに付いて行けなかったのは、仕方ないよ。ルフェもそうなることが分かっていて、君に付き添ったんだと思う」


「……あの、一つ質問を宜しいでしょうか」


「うん、何だい?」


「王都の者たちは『弱い』と、そう思われますか?」


「……この領地の人たちはね、黄昏の森に出る魔物を討伐するために、先祖代々強くなりたいと研鑽を続けてきた。だからこそ、実力にプライドを持ってる。……それでもし、君に失礼なことを言っていたらごめん」


「あ、いえ……」


「その上で、個人的な意見を言わせて貰うと……平均値なら、伯爵領の方が高いと思っているよ。この領地に出現する魔物は、強い。そして私たちは、常にそれと戦うために鍛えているからね」


「黄昏の森にいる魔物は、そこまで強いのですか?」


「……君、バートリ伯爵領の成り立ちを知らないのかい?」


「それ、ルフェさんにも聞かれました。ですが……」


「ああ、良いよ。責めている訳じゃないから。そうか……正しく伝わっていないのか」


ポツリ、呟かれた言葉に益々私は内心首を傾げる。


「ああ……気にしないで。きっと、ここにいれば自然と知るだろうから」


「教えていただくことは、無理でしょうか」


「……。折角この領地に滞在することが、許可されたんだ。君は、君の目で見るべきだろう」


「……分かりました」


「ま、今はそんなことよりも、さっさと支度をしてしまった方が良いよ。ルフェ、出かけちゃうと思うよ。その前に話したいことは話しておくべきだ」


「……そう、ですね。有難うございます」


釈然としないながらも、今すべきことはネージュの言う通り、さっさと支度をすることだろう。

それから私はネージュに案内をして貰った浴室に向かった。


領都の屋敷と同様、栓を回せば温かい水が出る。

……あり得ないほど、便利。

領都で散々驚いたけれども、ルフェを含め屋敷の使用人は『何を当たり前のことを』というような反応だった。


……当たり前? これが?


少なくとも私は、こんな設備を見たことも聞いたこともなかった。

王都よりもバートリ伯爵領の方が、技術力も価値も高いものなのかもしれない。


「……本当に、この領地は何なの……」


その呟きは、お湯を流す音共に消えて行った。


支度を終えると、ネージュの案内で使用人が集まる部屋に向かった。

使用人専用の部屋と聞いたけれども、そうとは思えないほど立派なそれだ。

貴族が使う応接室と考えれば装飾品が一段二段劣るものの……商店の応接室と言われても頷けそうなレベル。


……改めて思ったけれども、バートリ伯爵の財力ってどれ程なのだろうか。

普通、こんな立派な部屋を使用人たちに与えないだろう。

そこまで考えたタイミングでルフェさんを見つけて、考えることを止めた。


「おはようございます、ルフェさん」


「あー、おはよ」


「……昨日は面倒をかけてしまい、申し訳ございませんでした」


頭を下げつつ、謝罪の言葉を口にする。


「顔を上げろ。……謝罪は不要だ」


「ですが……」


「ああなることが分かっていたからこそ、俺はお前に付いて行った。それに、アウローラ様に迷惑がかかってさえいなければ、俺としては別にどうでも良い。だから、謝る必要はない」


「……ルフェさんが気にしなくても、迷惑をかけた事は事実です」


「はー……分かった。謝罪は受け入れる。それで? 他に用件は?」


「ええっと……他は、特にありません」


「……ルーフェー。そんな不機嫌そうな顔をしない。ホラ、ディアナが困っているよ」


ルフェの後ろに立っていたネージュが、ソファーに座る彼の覗き込むように腰を屈めながら言った。


「おまっ……近えよ、ネージュ」


「あははーごめんごめん。でも、ホラ。私、沈んだ空気って苦手だからさ」


「もう良いから離れろよ」


「おおっと、ごめんごめん。それにしても、ルフェ。さっきフェブルさんに呼ばれていたけど、それが不機嫌の原因?」


「別に、不機嫌じゃない。元々こんな感じだ」


「あはは、でもフェブルさんに呼ばれたってことは否定しないんだ」


「別に知られて困ることじゃない。ディアナに街を案内しろって」


「ふーん、ディアナをねえ。ああ……そっか。だからさっき君は、ディアナに用件を聞いたのか」


「そーゆーこと。……アウローラ様の願いだってフェブルさんは言ってたし、受けるしかないだろう?」


「それはそうだねぇ」


当の私が会話に参加していないのに、ルフェさんとネージュさんの間でどんどんと話が進んで行く。

そんなことを考えていたら、ふと、ネージュさんと目があった。


「良い機会じゃないか、ディアナ。エンダークの観光を楽しむと良いよ」


「え、しかし……私は執行官として……」


「良いじゃん。執行官って、領地を把握するのも職務の一環デショ?」


「それは、そうですが……」


「ほら、さっさと行くぞ」


そう言って、ルフェさんはさっさと出て行く。

仕方なく、私も彼の後を追って外に出たのだった。


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