吸血姫は、愛を誓う
「何してるの?」
机に向かって書き物をしていたノックスの側によって、問いかける。
「ん……新しい魔法を作ってた」
手元を見れば、紙にビッシリと術式が書かれていた。
「うわ、頭が痛くなりそう」
「アウローラなら、すぐ理解できるでしょ」
「ちゃんと読めば、ね。ちなみにコレは、どんな魔法?」
「雨を降らせる魔法」
「ふーん……農家さんは大助かりね。出来上がったら、今度ウチの畑で試してみようかしら」
そんなことを話しつつ、私はノックスにもたれかかってヴラドの本を読み始める。
ノックスもまた、魔法の開発作業に没頭していた。
互いに無言。
けれども、それが心地良い。
無理に話さずとも居心地が良いのは、それだけ彼との関係性を築き上げてきたからだも思う。
それが、とても嬉しい。
「……と。そろそろアイスの様子を見てこなくちゃ。ノックスは何か飲み物いる?」
陽が傾き始めた頃、名残惜しくも立ち上がる。
「じゃ、紅茶をお願い」
「了解」
それから部屋に戻ってはアイスの様子を見て、かき混ぜて、また部屋に戻ってはアイスの様子を見て、かき混ぜて、と言うのを繰り返す。
そうしてアイスが出来上がる頃には、夜の時間になっていた。
家族とノックスと共に夕食を楽しんだ後、再び私たちは部屋に戻ってアイスの試食会を始める。
「これがアイスかあ……」
「美味しいでしょ?」
「うん、美味しい。ありがとう、アウローラ」
「昼にママも言ってたけど、コレは私に付き合ってくれたお礼なんだよ。だから、お礼を言うのは私の方ってこと。いつもありがとう、ノックス」
「……それを言うなら、僕こそアウローラのおかげで楽しませて貰ったよ。君が側にいてくれたら、僕は一生退屈をしない」
「大袈裟じゃない? 私の記憶は確かに珍しいかもしれないけど……」
「違うよ。君の前世は、確かに興味深い。それは認める。けれども、その記憶も君がいなければ、僕にとっては無価値なんだ」
サラリと私の髪が揺れた。
その先には、ノックスの手。
そっと覗き込めば、彼の顔に浮かんでいるのは苦笑。
けれども瞳は澄んでいて、真剣な色が宿っていた。
「アウローラも知っているだろう? 僕は、大抵のことに興味が湧かない。だから知識があっても意味がない。……君だけなんだ。君だけが、僕の心を動かす」
顔が熱くなった。
多分、ノックスにはバレバレだろうな。
私の顔、鏡で見ずとも真っ赤に染まっていることが容易に想像がつく。
「……十歳の少年が言うセリフじゃないわよ」
「それを言うなら、君はまだ十歳にもなっていないね」
「ええ、そうよ。そうですとも。だから、こんなに戸惑っているんじゃない。十歳そこいらの少年が、七歳の少女に、まるで……まるで」
……愛の告白をしているみたいじゃないか。
好きとか、嫌いとか、そんな次元じゃなくて。
一生一緒に居てくれと、プロポーズをされているようだ。
「年なんて、関係ないと思うけど。僕は、思ったことを口にしているだけ」
私の考えを読んでいるかのように、ノックスは呟く。
ますます私の頭の中は彼でいっぱいになって、熱くてどうにかなってしまいそうだった。
……ああ、ダメだ。
今の関係性が居心地良いからとか、まだまだ若いからだとか、転生者だから、とか色々考えていた。
けれども、考えたところで意味などなかった。
どうせ、自分の気持ちからは逃れられない。
例え今この一瞬の熱に浮かされただけだとしても、後悔はしない。
むしろ自分の気持ちを誤魔化した方が、一生後悔する。
「……顔、真っ赤」
「誰のせいで……!」
私の返した言葉に、ノックスは嬉しそうに笑った。
「愛してるよ、アウローラ」
「……本気に、良いの? 私たちの命は、永いんだよ? 私を選んで、後悔しない? 今ならまだ、勘違いだって笑って済ませる。でも、ここで止まらなかったら……私は貴方を逃してあげられない」
「酷いな。僕の言葉、疑ってる?」
「疑っていないからこそよ」
「なら、そっくりそのまま返すよ……まあ、後悔させるつもりはないし、後から出てくる男に譲るつもりもサラサラないけど」
「また、子どもらしからぬ発言……!」
観念して、そのままノックスに体を預ける。
「性分だから、仕方ない。……一生、一緒にいてくれ」
「……降参よ、ノックス。大好き。私をお嫁さんにして。一生、私の側で私のお願いを聞き続けてね」
「それは幸せな未来だな」




