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暁に立つ吸血姫  作者: 澪亜
現在編
49/54

執行官は驚愕する


……信じられない。

頭の中がその言葉で埋め尽くされていて、ちっとも働いてくれない。

冷静になろうと、大きく息を吸う。


「こんなの、一体どうやって報告書を書けって言うの……」


けれども息を吐き出すと共に、そんな呟きが漏された。

私が着任してから早一週間……アウローラ様が働いたところを見たことがない。

夕方過ぎに起きてご飯を食べた後、部屋に引き籠る。その、繰り返し。


おかげで監視役の私も手持ち無沙汰で、まさに食べては寝るの生活だ。

二十五年間生きてきて、ここまで暇を弄んだことは一度もない。


このままじゃ、健康に悪い! と、せめてもの思いで、屋敷の周りを散歩しているぐらいだ。


なんて、平穏な生活。

これで国から給料が入るのだから、なんて美味しい仕事……って、違う!

このままじゃ、私はただの穀潰し。

執行官に憧れていた身としては、流石に気が引ける。


「ふぁ……おはよう」


何をすべきか、どうしていくべきかと悶々と考えていたら、いつの間にかアウローラ様が起き出す夕方になっていた。


「久しぶりね、ディアナ」


蠱惑的な笑みに、つい見惚れて言葉を失う。


「エンダークという街に行こうと思うのだけど……貴女も、来る?」


「行きます!」


領内を見て回れる絶好の機会に、つい食い気味に回答した。


「そう。じゃあ、すぐに支度して」


「……お待ち下さい」


早速支度をしようと動きかけたところで、待ったの声がかかる。


「どうしたの? チェル」


「アウローラ様が連れて行くと言うのであれば、お止めしません。ですが、共に行くというのは無理があるかと思います」


「あら……どうして?」


「ルフェならともかく、ディアナがアウローラ様に付いていくのは難しいかと」


ルフェさんに視線を向ければ、ルフェさんも困ったように笑いつつ頷いた。


「そう。……それなら」


「お待ち下さい!」


このままでは折角の機会が不意になると、慌てて声を出す。


「私は、これでも国軍に所属していたこともあるので、多少旅程が厳しかろうとも、ついて行けます」


「……ですって」


アウローラ様は納得していたようだけれども、ルフェさんとチェルさんは溜息を吐いていた。


「俺がディアナのフォローをしますよ。彼女が遅れたときに、アウローラ様に迷惑をかける訳にはいきませんから」


「そう? じゃあ、お願いね」


アウローラ様が出て行った後、すぐに支度に取り掛かった。

最低限、必要なものだけをバックパックに詰め込んでいく。


そうして支度を終えてロビーに出れば、既にアウローラ様とルフェさんが立っていた。


「お待たせして、すいません」


「良いのよ。さて、行きますか」


……それから進み始めて、僅か数分後。


「ぜぇ、ぜぇ……一体、どうして……」


喋る余裕なんてないけど、それでもどうしても聞かずにはいられない。


「どうして、アウローラ様はあんなに速いんですかぁー!」


既に視界にアウローラ様はいない。

走り出した瞬間には目にも止まらぬ速さで駆け始め、一瞬にして消えたのだ。


追いつこうと急いで走ったけれども、姿を捉えることすらできなかった。

むしろハイスピードで走った結果、体力は奪われた。

加えて、叫ぶことに体力を使ったせいで、更にスピードが落ちている。


とは言え、私の前を走るルフェさんからしたら、誤差の範囲だろう。

何せ私がこんなにいっぱいいっぱいな状況だというのに、ルフェさんは汗一つかいていないのだから。


「ほら、休むぞ」


ルフェさんはそう言いつつ、止まった。


「いえ……ぜぇ。アウローラ様に追いつかないと」


「お前のスピードじゃ、無理だろ」


「ですが……護衛……」


街と街を行き来する場合、護衛は必須だ。

治安の悪い場所であれば野盗が現れることもあるし、そうでなくとも人を襲う魔物が現れるから。


「あの人に、そんなのいらねえよ。大体、この街道に魔物が出ることなんて滅多にない。あったとしても、前を行くアウローラ様が殲滅しているさ」


「アウローラ様は、何故……」


私の問いかけを遮るように、ルフェさんが口を開く。


「あー、もう、つべこべ言わずにさっさと休め。こんな中途半端なところでお前が動けなくなったら、面倒だ」


「……では、お言葉に甘えて」


悔しいけれども、何にも反論ができない。

事実、ルフェさんに休憩は必要ないのだから。


仕方なく木に寄りかかり、体を休める。

そうしていると、段々と荒い息が落ち着いていった。


「……ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」


「こうなることは分かっていたから、謝罪はいらない」


「……何故、アウローラ様は護衛が不要なほどの力を身につけているんですか? というか、そもそも何故あんなに俊敏に動けるのでしょうか……」


「……アウローラ様は、そういうもんだと思っておけば良い」


ルフェさんが仕方ないと言わんばかりに、溜息を吐きつつ言葉を紡ぐ。

けれども、私の質問に対する答えにはなっていない。


「むしろお前は、バートリ領の成り立ちを知らないのか?」


「王都で確認しましたが、由緒正しき家門としか……」


「……ああ、なるほど」


ルフェさんは、再び溜息を吐いた。

いつもは彼が溜息を吐く度に苛立ちを覚えるけれども、今回ばかりは不勉強さを指摘されたようで、居た堪れない。


「……バートリ伯爵領に隣接しているのは、単なる国境じゃない……魔物が多く出現する『黄昏の森』だ」


「それは知っています」


「なら、想像がつくだろう? バートリ伯爵領を治めるアウローラ様が弱い訳がないと」


「つまり、アウローラ様は魔物討伐の為に鍛えていると?」


「……まあ、そんなところ」


若干歯に物が詰まったかのような反応に、首を傾げる。


「……ホラ、そろそろ休憩は終わりだ。さっさと行くぞ」


けれども、それを問いかける前に話は切り上げられた。

そして歩き出したルフェさんに付いていくために、結局そのまま言葉を飲み込まざるを得なかったのだった。

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