執行官は驚愕する
……信じられない。
頭の中がその言葉で埋め尽くされていて、ちっとも働いてくれない。
冷静になろうと、大きく息を吸う。
「こんなの、一体どうやって報告書を書けって言うの……」
けれども息を吐き出すと共に、そんな呟きが漏された。
私が着任してから早一週間……アウローラ様が働いたところを見たことがない。
夕方過ぎに起きてご飯を食べた後、部屋に引き籠る。その、繰り返し。
おかげで監視役の私も手持ち無沙汰で、まさに食べては寝るの生活だ。
二十五年間生きてきて、ここまで暇を弄んだことは一度もない。
このままじゃ、健康に悪い! と、せめてもの思いで、屋敷の周りを散歩しているぐらいだ。
なんて、平穏な生活。
これで国から給料が入るのだから、なんて美味しい仕事……って、違う!
このままじゃ、私はただの穀潰し。
執行官に憧れていた身としては、流石に気が引ける。
「ふぁ……おはよう」
何をすべきか、どうしていくべきかと悶々と考えていたら、いつの間にかアウローラ様が起き出す夕方になっていた。
「久しぶりね、ディアナ」
蠱惑的な笑みに、つい見惚れて言葉を失う。
「エンダークという街に行こうと思うのだけど……貴女も、来る?」
「行きます!」
領内を見て回れる絶好の機会に、つい食い気味に回答した。
「そう。じゃあ、すぐに支度して」
「……お待ち下さい」
早速支度をしようと動きかけたところで、待ったの声がかかる。
「どうしたの? チェル」
「アウローラ様が連れて行くと言うのであれば、お止めしません。ですが、共に行くというのは無理があるかと思います」
「あら……どうして?」
「ルフェならともかく、ディアナがアウローラ様に付いていくのは難しいかと」
ルフェさんに視線を向ければ、ルフェさんも困ったように笑いつつ頷いた。
「そう。……それなら」
「お待ち下さい!」
このままでは折角の機会が不意になると、慌てて声を出す。
「私は、これでも国軍に所属していたこともあるので、多少旅程が厳しかろうとも、ついて行けます」
「……ですって」
アウローラ様は納得していたようだけれども、ルフェさんとチェルさんは溜息を吐いていた。
「俺がディアナのフォローをしますよ。彼女が遅れたときに、アウローラ様に迷惑をかける訳にはいきませんから」
「そう? じゃあ、お願いね」
アウローラ様が出て行った後、すぐに支度に取り掛かった。
最低限、必要なものだけをバックパックに詰め込んでいく。
そうして支度を終えてロビーに出れば、既にアウローラ様とルフェさんが立っていた。
「お待たせして、すいません」
「良いのよ。さて、行きますか」
……それから進み始めて、僅か数分後。
「ぜぇ、ぜぇ……一体、どうして……」
喋る余裕なんてないけど、それでもどうしても聞かずにはいられない。
「どうして、アウローラ様はあんなに速いんですかぁー!」
既に視界にアウローラ様はいない。
走り出した瞬間には目にも止まらぬ速さで駆け始め、一瞬にして消えたのだ。
追いつこうと急いで走ったけれども、姿を捉えることすらできなかった。
むしろハイスピードで走った結果、体力は奪われた。
加えて、叫ぶことに体力を使ったせいで、更にスピードが落ちている。
とは言え、私の前を走るルフェさんからしたら、誤差の範囲だろう。
何せ私がこんなにいっぱいいっぱいな状況だというのに、ルフェさんは汗一つかいていないのだから。
「ほら、休むぞ」
ルフェさんはそう言いつつ、止まった。
「いえ……ぜぇ。アウローラ様に追いつかないと」
「お前のスピードじゃ、無理だろ」
「ですが……護衛……」
街と街を行き来する場合、護衛は必須だ。
治安の悪い場所であれば野盗が現れることもあるし、そうでなくとも人を襲う魔物が現れるから。
「あの人に、そんなのいらねえよ。大体、この街道に魔物が出ることなんて滅多にない。あったとしても、前を行くアウローラ様が殲滅しているさ」
「アウローラ様は、何故……」
私の問いかけを遮るように、ルフェさんが口を開く。
「あー、もう、つべこべ言わずにさっさと休め。こんな中途半端なところでお前が動けなくなったら、面倒だ」
「……では、お言葉に甘えて」
悔しいけれども、何にも反論ができない。
事実、ルフェさんに休憩は必要ないのだから。
仕方なく木に寄りかかり、体を休める。
そうしていると、段々と荒い息が落ち着いていった。
「……ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
「こうなることは分かっていたから、謝罪はいらない」
「……何故、アウローラ様は護衛が不要なほどの力を身につけているんですか? というか、そもそも何故あんなに俊敏に動けるのでしょうか……」
「……アウローラ様は、そういうもんだと思っておけば良い」
ルフェさんが仕方ないと言わんばかりに、溜息を吐きつつ言葉を紡ぐ。
けれども、私の質問に対する答えにはなっていない。
「むしろお前は、バートリ領の成り立ちを知らないのか?」
「王都で確認しましたが、由緒正しき家門としか……」
「……ああ、なるほど」
ルフェさんは、再び溜息を吐いた。
いつもは彼が溜息を吐く度に苛立ちを覚えるけれども、今回ばかりは不勉強さを指摘されたようで、居た堪れない。
「……バートリ伯爵領に隣接しているのは、単なる国境じゃない……魔物が多く出現する『黄昏の森』だ」
「それは知っています」
「なら、想像がつくだろう? バートリ伯爵領を治めるアウローラ様が弱い訳がないと」
「つまり、アウローラ様は魔物討伐の為に鍛えていると?」
「……まあ、そんなところ」
若干歯に物が詰まったかのような反応に、首を傾げる。
「……ホラ、そろそろ休憩は終わりだ。さっさと行くぞ」
けれども、それを問いかける前に話は切り上げられた。
そして歩き出したルフェさんに付いていくために、結局そのまま言葉を飲み込まざるを得なかったのだった。




