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暁に立つ吸血姫  作者: 澪亜
現在編
44/54

執行官は溜息を吐く

「はぁぁ……」


思いっきり溜息を吐きつつ、私は窓の外を眺めた。

徐々に景色は移り変わり、鄙びたそれになっていく。


それは良い。それは良い……のだけれども。


「何でよりにもよって、赴任地がバートリ伯爵家なのよ……」


項垂れつつ呟いた独り言に、答えはない。


私の名前は、ディアナ・バルデ。

マルクベレス王国の栄えある執行官の一人。


執行官は、国立大学の中でも上位の成績を納めた卒業生かつ王国軍研修期間を経て、王族への忠誠が高いと評される面々……言ってしまえば、エリート中のエリート。

その一員に選ばれた時は、天にも昇る気持ちだった……のだけれども。

蓋を開けてみれば、赴任地はまさかのバートリ伯爵領。

辞令が出た時、数秒固まったのは仕方のないことだったと思う。


バートリ伯爵家について、あまり良い噂は聞かない。

否、正直悪い噂ばかりが目立つ。


バートリ伯爵家は、二百年近くの歴史を誇る由緒正しい一門にして、王国随一の広大な領地を有する辺境伯。

だというのに、他家との交流が一切ない謎に包まれた一門。

一年に一度の社交シーズンですら、バートリ伯爵家は誰も王都に来ないのだ。

王家ですら頭を抱えるほどの、引きこもり。


それ故に、王都では社交シーズンになる度に一度はバートリ伯爵家の噂が流れる。

曰く、バートリ伯爵は人に見せられない容姿である。

曰く、バートリ伯爵は領地を食い潰す最悪の領主であり、自身の所業が露見することを恐れて領地を離れられない。

曰く、バートリ伯爵は実在せず、実態は王家の隠れ蓑になっている。

陰謀論やらゴシップやら、噂には様々なバリエーションが揃っている状態だ。

バートリ伯爵家の噂を耳にすると、『社交シーズンが始まったんだな』と思うほど、最早季節の風物詩と言っても過言ではない。


勿論、噂話を鵜呑みにするほど、めでたい頭ではない。

とは言え、だ。

頑なに王都に来ない態度といい、火のないところに煙はたたないということを考えると、相当厄介な家だというのは想像に難くない。


「はぁぁ……」


つい、溜息を吐いた。


……ダメだ、悪い方に考えては。

逆に考えれば、それだけ面倒な家を任せられるほど、期待されているということではなかろうか。

……何だか、そんな気がしてきた。

気合を入れるように頬を叩き、不安を頭の隅に追いやった。



バートリ伯爵領に到着すると、馬車を降りて進む。

伯爵家のお膝元である領都だというのに、随分と鄙びた街だ。

何もない、と言っても差し支えないほど。


「こんにちは」


道端ですれ違った老婦人が、柔らかな笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。


「こんにちは」


笑みを浮かべて、彼女に挨拶を返す。


「見ない人ねえ……どこからいらしたのかしら?」


「バートリ伯爵に用があり、王都から参りました」


「まあ……王都から。それは随分と遠くからいらしたのね。ご苦労様です」


「職務ですから。……あの、ここって領都のウェスペルであっていますか?」


「ええ、合っていますよ。田舎でビックリしたでしょう?」


「いえ、そんなことは……」


「領主様は、こう言う雰囲気の方が落ち着くのですって。若い人たちは、やっぱり賑やかなところに憧れてココから出て行く人も多いけれども……残った人は皆、領主様と同じ考えなのよ。だからのんびり畑を耕して暮らしているわ」


「は、はあ」


老婦人は朗らかに微笑みながら言っているけれども……私からすると、領地の発展を否定しているようにしか聞こえなくて、全く笑えない。

先入観を持たないようにしなければと思いつつも、益々私の中でバートリ伯爵の印象が悪くなった気がする。


「ところで、伯爵の屋敷を教えて頂けますか? 道に迷ってしまって……」


「あら、そうでしたの。この坂を真っ直ぐ登った突き当たりが、領主様の屋敷ですよ」


「そうなんですか……。ありがとうございます」


「いえいえ。頑張ってくださいね」


老婦人に別れを告げ、教えて貰った伯爵の屋敷に向かって行った。


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