吸血姫は、魔道具を作る
「ふーん、冷蔵庫か。アウローラの前の世界にいた人たちは、本当に面白いことを考えるね」
その日、私の家でノックスと話し合っていた。
ズバリ、新たな魔道具を作るために。
魔道具とは、その名の通り魔力を動力とする道具。
魔法陣を道具そのものに刻んで創る代物だ。
「前世では当たり前のように使っていたのだけど……確かに今思えば、凄いものよね」
ノックスだけは、私に前世の記憶があることを知っている。
ちなみに、前世記憶があると伝えた時、ノックスの反応は『へえ、そうなんだ』の一言。
あまりに薄い反応に、『え、本当に理解している?』と何思わず聞き返した。
それに対して、ノックスは軽やかに笑って言った。
『アウローラが今、こうして隣にいるっていうことが、僕にとって一番重要だから。前世が何だろうが、気にしない』と。
……齢十歳の少年とは思えない発言だ。
「良いよ、作ってみようか。出来上がったら、アウローラはアイスを作ってくれ」
「勿論!」
ノックスに前世の話をしてから、共に前世の家電を魔道具で再現すべく試行錯誤を繰り返している。
最近だと、ハンドミキサーとか食洗機とか。
……キッチン用品ばかりなのは、私の欲望が赴くままにアイディアを出しているからだろう。
「……基本は氷属性の魔法かな。それに風魔法で箱の中に冷気を行き渡らせるようにして、と」
サラサラと、ノックスが魔法陣を紙に書いた。
魔法は、式で魔力の方向性を与えることで発動させる。
式とは魔法言語と呼ばれる特殊な単語の羅列で作り上げる計算式で、例えば火という意味の『fak38fg』と小さいという意味の『da6ad』を組み合わせると、小さな火が発生する。
他にも色々と式のルールはあって、単語を覚えた上で、正しい文法でどうプログラミングができるか……というのが腕の見せ所。
ちなみに真祖が誰に教わらずとも魔法が扱えてしまうのは、強力な魔力もさることながら、生まれつき魔法言語が頭の中に入っているからだ。
……それはさておき、新たな魔法を作り出すのには、それなりに時間がかかるもの。
それなのに、ノックスはあっさりと魔法陣を書いてしまった。
その知識量と応用力に、恐れ入る。
「ここの円環式、省いた方が効率的じゃない?」
新しい式を作り出すのはノックスの足元にも及ばないけれども、出来上がった魔法陣を改良することは得意だ。
「あー確かに。でもそうすると、風の力を調節することが難しいんじゃわないか。ここを省くと、風が強過ぎて冷蔵庫の箱そのものを切り刻んじゃいそうだけど」
「だから、こっちの式とそっちを繋げれば良いのじゃない? そうしたら、氷魔法と風魔法、両方とも力を抑えられるでしょう」
「なるほど……それは良いアイディアだ。そうすると、冷蔵庫の方は、氷魔法の力を更に二段階抑えさせれば……丁度良い温度になりそうね。家にある適当な箱で実験してみるよ」
「ありがとう、ノックス。そしたら、明日は私が貴方の家にお邪魔させて貰うわね」
「楽しみに待っているよ」
そしてその翌日、私は宣言通りノックスの家を訪れた。
「あら、アウローラちゃん。こんにちは」
おっとりとした柔らかい口調で挨拶をしてくれたのは、ノックスのお母さん。
「こんにちは、ミーディエさん。今日もお邪魔します」
「アウローラちゃんならいつ来ても良いのよ。ノックスったら、私がいつもアウローラちゃんに会いたいって言っても、はぐらかすばかりなのよ? それなのに、私がアウローラちゃんと外で会ったら、拗ねるの」
ミーディエさんは、私のことを娘のように可愛がってくれている。
娘が欲しかったけれども叶わなかったから、というのが理由らしい。
けれども多分、一番の理由は、私が真祖として生まれたからだ。
同じく真祖として生まれてきたノックスをどう扱って良いか分からず、私が生まれるまでは互いに遠慮し合うような関係性だったらしい。
それが私という同類が生まれて、一変。
ノックスが赤子の私を無理に構い倒そうとするものだから、赤子の扱い方を教えるようになって、その内二人の関係も改善されたらしい。
今となっては家族ぐるみで仲が良くて、たまにノックスには内緒で私と母とそれからミーディエさんの三人でお茶をすることもあるぐらいだ。
「ふふふ……ノックスがそんな反応をするなんて、想像がつかないですよ。あ、そう言えば母が明後日ミーディエさんの予定が空いていたら、私の家でお茶会をしましょうって」
「まあ、メリーナさんが? 丁度明後日は空いているわ。楽しみにしているわね」
「はい!」
「ああ、アウローラちゃん。来ていたんだ」
「こんにちは、ゲオルクさん」
美声と共に現れたのは、ノックスのお父さん。
警備隊で働いていて、里でも五本の指に入る実力の持ち主だ。
「この前ルーベルトと飲みに行ったんだけど、アウローラちゃんが美味しいお茶を淹れてくれたと散々自慢してきてね。今度遊びに来てくれた時には、私にもお茶を淹れてくれるかな?」
「父がそんなことを……? ええ、勿論です」
「良し、これでルーベルトに自慢し返せるぞ」
既に何杯も飲んでいる父には、自慢にならないと思うけれども。
というか、そもそも娘が茶を淹れたことを自慢する父って……。
なんて内心呆れてつつも、言葉には出さずニコリと笑った。
「アウローラ、おはよう」
丁度そのタイミングで、ノックスが現れた。
「ノックス、おはよう!」
「じゃ、早速部屋に行こうか」
ゲオルクさんとミーディエさんに惜しまれつつ、私はノックスについて行くようにその場を離れる。
「あ、そういえば……コレ、兄貴から借りておいた」
そう言われて渡されたのは、本だった。
「あ、新刊ね。ノックスはもう読んだの?」
「勿論。ネタバレになるから感想は差し控えるけど、主人公に感情移入するほど心理描写が厚くて前巻よりも面白かったかな」
「へー! 帰ったら読むね。ヴラドさんにもお礼を言っておいて」
「ん」
それから、ノックスの部屋で件の冷蔵庫を確認する。
扉を開き、中に手を突っ込んだ。
「あ、冷たくて気持ち良いー!! ……冷凍庫は、と。あ、水を入れておいてくれたんだ」
「実際に凍るか試した方が良いだろ?」
「確かに。……うん、ちゃんと凍ってるわね。実験、成功!」
「後は耐久テストだなあ……まあ、それには時間がかかるから、いつも通りウチとアウローラの家に置いて暫く様子を見てみよう」
「賛成! じゃ、我が家にも設置をよろしく!」
「任された。代わりにアイスとかいう食べ物、作ってくれよ?」
「勿論」
それから早速、冷蔵庫をもう一台作るための材料を雑貨店で調達。
そして我が家にも、冷蔵庫を設置した。
「あら、ノックス。また新しい便利グッズを作ってくれたの?」
丁度設置が終わったタイミングで、お母さんが帰って来た。
ノックスが我が家の台所に魔道具を置いていくのは一度や二度のことではない。
そのため、彼が台所にいるのは何か道具を設置するためにいるためだと思ったのだろう。
「お邪魔してます、メリーナさん」
「ノックスならいつ来ても、大歓迎よ。……それで、これはどんな便利グッズなの?」
朝になかった冷蔵庫を指差して問いかけた。
「冷蔵庫です。下の段は冷凍庫で、食材を凍らせて保存するためのもの。上の段は食材を保存するため冷気が漂っています」
「へえ、面白い。上と下で用途が違うのね……ありがとう、ノックス」
「いえ……アイディアはアウローラなので、お礼はアウローラに」
「あら、アウローラの思い付きに協力してくれたのでしょう? だからさっきのは、そのお礼」
「流石、ママ。よく分かってるわね」
「まあね。で、アウローラはお礼に何を作るの?」
自分の行動が完璧に読まれていて、思わず苦笑いを浮かべる。
「それはお楽しみ。今から作れば、夜には食べられるかなー。ノックス、夜ご飯もウチで食べていける?」
「楽しみにしているよ」
「良かった。それじゃ、ママ。台所、借りるね。ノックスは部屋でのんびりしてて」
それから記憶をほじくり倒してアイスを作り始めた。
材料がこの世界でも手に入るものばかりで良かった……と思いつつ、記憶の通りに作業をする。
そうして出来上がったものを冷凍庫に入れて、部屋に戻った。