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暁に立つ吸血姫  作者: 澪亜
第一章 過去編
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吸血姫は、働く

「さて、どこから始めたものかしら」


書類の山に囲まれた机に向かって、一人呟く。

爵位を受け取った、その翌日。

一夜語り明かしたエルマとカミルを見送り、ついでにミハイル卿から封印の周辺で謎の事象が起きていると共有があった。


とりあえず封印に異常があったら不味いので、すぐさま黄昏の森近くに向かったが……何もなかった。

とは言え、ミハイル卿が嘘を言うとは思えない。


次に、フィルとメラを含めた里のメンバーを連れ出した。

フィルとメラは私と同じく全く問題なかったけれども、他の里のメンバーは少し体が重いと言っていた。


里の面々で原因をあれやこれやと議論しつつ、検証のためダンの部下を連れて行ってみた。

そして彼らはミハイル卿の言った通り、封印に近づくと倒れたのだ。


それらを踏まえ里の面々と話し合った結果、恐らくあの場には強い魔力が発生しているというのが見立て。

それも体に触れると著しく体調を悪くする、毒にも等しい魔力。


それを防ぐには体に触れようとも跳ね除けられるだけの、強い魔力を体内に持っているか。

そう考えると、不調は魔力が弱ければ弱いほど如実に出るのも納得だ。


とは言え、こんな事象を見るのは初めてのことで正解かは分からない。

その魔力の影響も。

今後も要は観察といったところだ。


ちなみに、体調を崩した面々は封印から離せば、すぐに治った。

ダンに事の次第を共有すると、燃えていた。

その謎の魔力に打ち勝てれば、それなりの強さの証ってことだろう!? と熱弁しながら。

同じく倒れた人たちの瞳にも、やる気の炎が燃えていたから良いか。


謎の魔力は他と区別するよう、瘴気と名付けた。

瘴気の濃いところを調査して、濃いところは暫く里の面々に見回って貰うことになるだろう。


検証が終わった後、魔道具で一斉にサーシャや他の街の代表者たちと連絡を取った。


王と謁見して、伯爵位を得たこと。

そして、領主となったこと。

今後二百年間、封印を維持することになったということも。


それから、彼らと今後の領政について話し合った。

領都をどこにするかはさて置き、私の居住は暫く封印の様子を見るためにシャリアンデとすること。

体制は今後考えていくが、基本的に各街の代表者はそのまま皆にやって欲しいということ。

……特に異論はなく、淡々と会議は終わった。


そして、今。

多くの書類に囲まれて、溜息を吐いていたところだ。

唯一の救いは、書類の殆どが復興に関する資料ということ。

……復興計画は、殆ど私も関わっている。

おかげで、パラパラと読めば大体のことは理解できた。


まさか忙しそうにしているヴァズに同情して、諸々協力していたことが、ここで活きてくるとは。

人生、何が役に立つか分からないものである。


「失礼致します」


部屋に入って来たエイシャルに、資料を一通り説明して貰った。

一人で抱えて悶々と悩みながら読み込むより、資料を見つつ知っている人に解説して貰った方が、遥かに早い。


「なるほど……各業務に従事している人口比率は大まかに、一次産業が六割、商いが二割、警備隊・文官等その他専門職が二割ね。最低限の食料は育成魔法で確保できているのよね? その上で、他の生産物を栽培もしくは育成している理解で良いのかしら?」


「はい、ご理解の通りです。今育てているのは、魔法で育たない野菜や小麦です。畑を耕すことや水撒きは魔法でまかなえますので、雑草を抜いたり害虫の駆除が主な作業のようです。また、空いた時間は街の復興に手助け頂いてます。畜産は一からとなりますが、王都の働きかけで、近隣の町より牛や馬それから豚や鳥などを分けて頂くことが叶いました」


「そう……理解したわ。住居の確保は計画表通り進んでいる理解で良いかしら? 他の村も確認して、場合によってはガンツに他の街や村の対応をお願いしたいのだけど……」


「はい、ご理解の通りです。ガンツさんの件も問題ないかと思います。取り急ぎ対応が必要なインフラの整備と住居は七割がた完了していますので」


「ありがとう。よく理解できたわ」


ふう、と息を吐く。


「他の街も確認しないとね。……というか、行政の体制も考えていかないと」


「行政の体制、ですか?」


「今、体制が街によってバラバラでしょう? 各役職の権限も明確になっていない。それを、合わせていく必要があるわ。とりあえずまだ復興の最中だから、決定権限保有者は、なるべく少数にして物事を先に進めることを優先させたいけど……問題は、私が領地経営なんてやったことがないってことよね。混乱を最小限に抑えるためにも、なるべく今の体制を活かしつつ集約する……そんなところかしら」


「なるほど……」


「それを考える上で、一つ質問なのだけど。皆、私が領主になることに不満はないのかしら? 貴女を含め、これまで領地を支えて来た人からすれば、ポッと出の小娘が指示を出すようになるのよ」


「まあ含むものが一切ないとは言い切れないですが、少なくとも不満はないですよ」


「あら……。それは、何故?」


「貴女様がいなければ、領は瓦解していたでしょうね。魔物の襲来後、領地で食べ物も住む場所もなく、皆の不満に怯え、不安に苛まれていました。そんな中……食べ物を与え、人材を与え、更に王都からの支援をもぎ取って下さったのは紛れもなく貴女様です。領そのものが瓦解するところだったのに、役職云々で今更文句なんて言えないですよ。そもそも、自分が生き残っていたかも定かではありませんし」


「……。皆、恩義を感じ過ぎな気がするけど」


「それだけのことをなさったと思って頂きたいものです」


「そう……まあ、都合が良いと、今は素直に厚意を受け取っておくことにするわ」


「それに、百年以上の実務経験を積まれるのですから、やがて私共なんか足元にも及ばなくなるかと」


「今後に要期待ってことね。それにしても、百年以上研鑽を積まなければ貴方達に追いつけないってことね」


「あくまで、例えです」


「ふふふ……そう。二百年、か。長い期間だけど、封印が解ける時のことを考えると、時間は無駄にはできないわね。最優先事項としては早急に子どもたちの学びの場を作りたいわ」


「何故、それが最優先事項なのですか?」


「学ぶことが、命に関わることと皆が理解しているから」


私の回答にエイシャルは首を傾げたままだ。


「直接的には、魔法や武術。封印が解けた時に生き残るためには、各人が強くなる必要がある。皆がそう理解している今こそ、学ぶ場を作ることに抵抗はない筈よね」


「それは、はい……そうですね」


「間接的には、国力……だと語弊があるけれども、領自体も力をつける必要がある。領を富ませ、人口を増やす……そのためには、領政を支える人の育成が必要だと思うの。他にも例えば薬学や医術は今回の件で人が足りなくて大変だったけど、それらの従事者を増やすためには基礎の学びも必要でしょ?」


「なるほど……」


「という訳で、一律子どもたちに学問の基礎と魔法や武術を学べる学舎を各地に作りたいのよ。追々、基礎を学んだ後の、専門的な学舎もね。今ならば、説明すれば理解できる。でも、後からだと必要性が薄れて、導入が難しくなるし……導入したとしても、スムーズに浸透しなくなるかもしれないでしょう?」


「理解しました。二百年後への備えを、今からするのですね」


「そう。私一人じゃ、限界があるもの。里の者たちも、寿命がそこまで保たない。封印が解けた後も、皆が生き残れるように手立てを打ち続けなければならない。旧領主の財産や王都からもぎ取った支援は、領と領民の強化に投資していきたいの」


そしてその方向性を示すためには、やっぱり頭は少ない方が良い。

多様性の大切さは理解できるけど、悠長に議論している余裕はない。

今は無理をしてでも、前に進ませるべきだと思っている。


そこまで考えて、ハタと自分の手を眺めた。

……何で、こんな事になっているのだろうか。

私は、物語で言えば端役に過ぎない存在で。

政治とかとは無縁な、田舎の里に住む一般人だった。


それが魔王と呼ばれる人と戦い、領主となり、多くの人の命を預かるようになって。

……ああ、重い。

英雄譚は、物語で十分だ。

内政物語は、渦中にいないからこそ面白おかしく見れるのだ。


色んな人の期待を背負って、命を預かって……自分が矢面に立たされると、重くて潰れそう。


ああ……けれども、それでも私は。


立ち続けなければ、ならない。

愛する人を取り戻すために。

大切な友の期待に沿うために。

同郷の者たちを守るために。


二百年の間に、独りになろうとも。

この重い楔を抜くことは、私にはできない。


「……そういえば、喫緊の課題ではないのですが。今後、この街は貴女様が住まうことで領の中心地となるでしょう」


「そうね」


領政の機能を集約させていくとなると、当然、集約先は私が住んでいる場所だろう。

そして政治の中心地となるということは、商いもこの街か近隣の街が中心地となるだろう。


「領の名前はバートリと改名されました。これを期に、この街……シャリアンデも新たな名前にするのはどうかと提案がありまして。私としても、新たな船出に名を変えるのは良いかと思っています。できれば、貴女様から案を頂きたいのですが」


ふむ……新たな名前、か。

それも良いかもしれない。

心機一転、新しい街を一から作り上げていくのだと皆に示すことができる。


「……ならば、エンダーク」


「エンダーク、ですか」


「そう。暗黒の時が終わり、希望に満ち溢れることを願って」


「……良いですね。早速、皆にも話してみます」


「ええ、お願い。それから……エイシャル。これからも色々と大変だと思うけど、私を助けて頂戴」


「勿論です」


エイシャルは曇りのない笑みで、答えた。

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