吸血姫は、見守る
……復興が始まった。
とは言っても、これまでも復興を進めていたので、『始まった』という表現はおかしいか。
それでも、空気は大きく変わった。
これまでは魔物の襲撃に怯え、魔物から身を守る為に街を整えていた。
それが、今は皆がより便利に安全に住み易くする為に街を整える……そんな、前向きな感情が作業に携わる人たちから感じ取れる。
どうやら、私が皆に魔王の封印を説明した日……カミルとエルマが、放送で何かを言ったらしい。
その時、私は里の跡地に行っていたから、その放送の中身は聞いていないのだけど。
絶望に染まっていた皆の気持ちを前向きにするなんて、凄いなと純粋に思う。
どんなことを言ったのか気になって、何度も聞いているのだけど……。
誰も、教えてくれない。
街の復興にプラスになっているようなので、あまり強くは聞かなくなったが。
すれ違う人たちの多くから、お礼を言われる。
ありがとう、と。
私が人とは違うと知りながら、それでも私に駆け寄り、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
……良かった、と思った。
彼らを守ることができて。
本当に、彼の言った通り。
私は、彼らを見捨てられない。
……それは、人であった前世の記憶を持つが故なのだと思う。
多分、前世の記憶がなかったら、そもそも人と交流しようとも思わなかったでしょうし。
彼らと交流を重ね、人という存在を知り、だからこそ彼らを守ることを選択した。
それそのものに、後悔はない。
けれども、私は後悔し続けるだろう。
あの時、封印以外に何か手はあったのではないかと。
今この瞬間も、後悔が私の心に重くのしかかっている。
……無い物ねだりだ。それは、分かっている。
どんなに過去に戻ろうとも、彼らを捨てられない以上、選ぶ道は一つしかないということは。
無意識の内に、俯いていた。
片側二車線ぐらいの、とても広い道。
街を再建するのと同時に、区画整理も一緒に行っている結果だ。
大きな荷物が通り易い方が良い、いずれ人口が増える可能性も含めて街を広げよう、そんなことを話したっけ。
その話をした時、彼は『いつか自動車ってやつを作ってみたい。そんな広い道なら、心置きなく走らせられる筈だ』と楽しそうに話していた。
……そんなに昔のことじゃない筈なのに、随分昔のことのように思えてくる。
「あ、あ、アウローラさん!」
のんびりと散歩をしていたら、ヴァズに呼び止められた。
「……どうしたの? そんなに慌てて」
「し、至急、街役場に来てください!」
尋常じゃない様子に、とりあえず着いて行く。
街役場の雰囲気も、ヴァズと同様に慌ただしいような気がした。
「そんなに慌てて、どうしたの?」
私の入室に気がついていなかったエイシャルに、声をかける。
「あ、アウローラさん! 丁度良かったです……! そ、それが、王がこの地を訪問されると」
「ふーん……それって、いつ頃?」
「……何で、そんな落ち着いていられるんです?」
私の反応に驚愕したような声色で、シオンが横から問いかけた。
「何でって言われても……。強いて言うのであれば、ついこの間まで、この国の住民じゃなかったからかな。……それで? いつ頃来るの?」
「二週間後です。私からお送りした報告書をご覧になられて、すぐに出発したとのことで……」
「まあ、随分と腰が軽い人なのね?」
「普通、ありえないんですよ。だから、こんなに焦っているんです……」
エイシャルは微笑みを浮かべていたけれども、瞳の色はどことなく虚だ。
彼も彼なりに、慌てているということなのだろう。
「ああ、なるほど。……でも、何でこの街? 領都なら理解できるけれども」
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「ええ。普通は仰る通りです。……ですが、この街には貴女様がいらっしゃいます」
「……私?」
「そうです。王は、魔王を封印した貴女に会いたいと、この街にいらっしゃるのです」
「そう……」
面倒だと思ったけど、残念ながら断れる雰囲気ではない。
「取り急ぎ準備が必要なのは、マナー講師、謁見用のドレスといったところでしょうか」
「そうですね。ただ、どちらも詳しい方が軒並み領からいなくなっています……」
エイシャルとシオンの会話に、ますます面倒そうだなという気持が強くなる。
「謁見用の場所はどうしましょうか?」
「その準備も必要か……」
「……王を含めた訪問者たちは、私たちが十全に準備をすることはできないと、想定しているのでは?」
二人の会話が少し止まったところで、口を挟んだ。
「戦いが終わったとはいえ、この街は最前線だった場所よ。簡素な準備でも仕方ないと、理解頂けると思うけど。……私たちにとっても、復興の援助を引き出す為に、なるべく華美さは排除した方が良いと思うし」
「……一理ありますね。会談の場とドレスは華美になり過ぎない方が良いかもしれません」
「……そうすると、今新たに立て直している建物の一つを会談の場にするのはどうでしょうか?」
「否、新しい家屋よりも、いっそのことこの街役場を会談の場所にすれば良いのでは? 勿論、内装には手を入れる前提で」
エイシャルが同意した横で、シオンとヴァズがそれぞれ意見をぶつけていた。
何を、どこまでのレベルまで準備するのか。
その議論だけで、その日一日を費やしていた。




