友人たちは、涙を隠す
「……信じられないよ。ノックスが、魔王との戦いで犠牲になったなんて……」
ポツリと、カミルが呟く。
その隣を歩いていたエルマの表情も、彼と同様に暗い。
「私だって、信じられないよ。というより、信じたくない……っ!」
そう言った彼女の瞳には、既に涙が浮かんでいる。
「俺だって、信じたくないさ。……でも、エイシャルさんとダスさんが、揃ってアウローラから聞いたって言うんだ。それに、心配だから俺たちに様子を見てきて欲しいなんて……泣きそうな顔をして、言ってきたんだぞ」
「それでも……」
そんな会話をしている内に、あっという間にノックスとアウローラの家に到着していた。
恐る恐る、カミルが扉をノックする。
「……おい、扉が開いちまったぞ」
「鍵をかけるどころか、ちゃんと扉が閉まっていなかったみたいね……って、カミル! あれ!」
エルマの指差した先には、チラリと脚が見えていた。
「……まさか、アウローラ、倒れているんじゃ……」
「……。アウローラ、ごめん!」
エルマはそう言うなり、半開きだった扉を完全に開く。
「やっぱり、倒れてる……! 急いで救護施設に運ばないと!」
「あ、ああ。そうだな」
カミルがアウローラを背負い、二人揃って救護院に駆け込んだ。
そして清潔に保たれたベッドに、彼女を寝かせる。
忙しなく動き回る救護員の首根っこを掴み、そのまま引き摺るようにして彼にアウローラを診させた。
「……既に見える範囲では怪我はないですし、いずれ目が覚めるでしょう」
「本当に? 本当に、彼女は大丈夫なんですか?」
「……。正直、吸血鬼の身体構造が分からない以上、彼女を診るのは難しいんです」
救護員は、顔を曇らせていた。
「例えば、この腕。今は傷がない状態ですが、衣服についた血を見る限り、相当に傷を負ったはずです。人間だったら、出血多量で死んでいたかもしれません。それに、肌の色も若干違うので、それこそ腕を失って再生しているという可能性があります」
救護員の説明に、二人揃って顔色が青褪める。
「まずは様子を見るしかありませんので、ここで眠っていて貰いましょう。明日までに意識が回復しないようであれば、もう一度診させて頂きます」
「……分かりました。ありがとう、ございます……」
退出する救護員を見送り、二人はそれぞれベッド近くにあった椅子に座った。
「……何でだろうね」
重苦しい空気の中、ポツリとエルマが呟く。
彼女の視線は、ベッドに眠るアウローラに向けられていた。
「何で二人が、こんな辛い目に遭わなければならないんだろう……」
そう言った彼女の瞳から、涙が溢れる。
「二人を見ているとね、まるで重い罪を背負って、耐えて、償おうとしているように感じるの。……おかしいよね? 裁かれる罪なんて、二人にはないのに」
「……そうだな」
カミルが深く息を吐いた。
そのタイミングで、アウローラが目を開く。
「アウローラ! 良かった……目を覚ましてくれて」
アウローラは視線を二人に向け、ぼんやりと周りを見回す。
「ここは、救護院だよ。家の扉が開きっぱなしだったから、何かあったのかと……それで、お前が倒れているのを、見つけたんだ」
「……そう」
彼女の声は、二人が聞いたことのない冷たいそれだった。
目も虚で、まるでどこかを遠く見ているようだ。
「……具合は、どう?」
「……私は、大丈夫よ。心配をかけたわね。エイシャルたちと、これからのことを話さないといけないから、もう起きるわ」
アウローラの言葉に、けれども二人の顔色は晴れなかった。
当然だ……全く大丈夫そうには、見えない。
アウローラはそのまま病院を出ると、街役場に向かう。
もう少し休んだ方が良いのでは、という二人の静止の声を、振り切って。
そして二人もまた、アウローラが心配で、共に街役場まで来ていた。
「アウローラさん!」
役場に着くと、エイシャルが三人を出迎える。
「……大丈夫ですか?」
「皆して、心配性ね。大丈夫……私は、吸血鬼よ。体にどんな傷を負おうが、すぐに修復してくれる」
エイシャルもまた、アウローラの言葉に顔色が曇った。
チラリと、エイシャルは二人を見る。
それに応えるように、二人が小さく首を横に振った。
それを見届けて、エイシャルは小さく溜息を吐く。
「そんなことより、今後のことを話し合いに来たの。今、時間は良いかしら?」
「勿論です。むしろ、こちらこそお時間をありがとうございます」
「……なあ、アウローラ」
歩き出したアウローラを、カミルが止めた。
「俺たち、入口で待ってるな。……大事な話なんだろう?」
「エイシャル。私は、二人にも同行して貰いたいと思っているのだけど……問題ない?」
「はい、大丈夫です」
「……でも……」
エイシャルの同意に、けれども二人の顔からは遠慮の色が残っていた。
「……お願い。貴方たちには、彼がどうなったか、ちゃんと話したいの。けれども……あの時の話を二回説明できるほど、今の私に余裕はない。だから、一緒に聞いて」
「「……分かった(わ)」」
それから、四人は応接室に入る。
既に、部屋の中にはダンがいた。
全員が席に着くと、アウローラが口を開く。
救援地で、大きな魔力の衝突を感じたこと。
その発生源である黄昏の森に、行ったこと。
そしてそこで、魔王ヴラドとノックスが戦っていたこと。
戦いに彼女も加わり、ヴラドを追い詰めたこと。
けれどもヴラドによって、大量の魔物が召喚されたこと。
そして街の人たちを助けに戻るか、ヴラドを討伐するかで、逆に追い詰められたこと。
話を聞きながら、四人は驚いたり、顔を青ざめさせたりと忙しなく反応していた。
「ノックスが魔王……ヴラドを自分と共に封印してくれた。封印が解けない限りは、魔王はこの世界に干渉できなくなったわ。だから今後、魔物の発生も少しは減ると思う」
「……。ありがとうございます」
厳かな雰囲気を纏って、二人が揃って頭を下げる。
「混み入った質問で恐縮ですが、封印とはどういったものでしょうか?」
頭を上げたエイシャルが、問いかけてきた。
「簡単に言うと、部屋に魔王を閉じ込めている状態。部屋を作り出したのが、彼。そしてその部屋の扉に鍵をかけているのが、私。けれども……未完の術式だから、永続的なものではない。どんなに頑張っても、扉が保つのは二百年。やがて、魔王は彼と共に解き放たれる」
「……。そうか」
「すぐに封印を解いたら、領内が混乱するのは私も分かっている。だから、まずは領内を復興させると共に、防衛力を向上させることに力を注ぎましょう。……いずれ来る、封印の解除に備えて」
「……そうですね。貴女がたが下さった時間を、無駄にはできません。魔物の襲来が減るのであれば、その分、復興に力を注ぎましょう」
ダンはエイシャルの言葉に無言で頷いた。
「領都と王都に、事の次第と顛末を報告してよろしいでしょうか?」
「……仕方ないわ」
「ありがとうございます」
「私からの話は、以上よ。……貴方たちから、他に質問や話しておきたいことはあるかしら?」
「今のところ、特にありません」
「そう。それなら、私はこれで失礼するわね」
エルマとカミルに向けて、アウローラは口を開く。
「……ごめんなさい。少し、一人にさせて貰える?」
そう言った彼女は、笑っているのに泣いているようだった。
何も、聞くな。何も、言うな。
そう受け取った二人は、困ったように再び席に座る。
「ありがとう」
そして何も言えないまま、彼女は部屋を退出して行った。




