吸血姫の別れ
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その日、私は集落の一つに来ていた。
他の集落や街からも救援依頼がきていて、皆で手分けして駆けつけている。
そのため、久々にノックスと分かれて行動していた。
領都と私たちが住む街以外の、生き残った人たちが集まっている場所。
そういったところは、土魔法で作った高い壁で囲われている。
急拵えで不恰好だけれども、人々の希望の拠り所の一つだ。
その土壁の上に立ち、襲来する魔物の集団を見た。
……大群とは言えないが、集落の戦力で凌ぐのは難しいだろう。
魔物がやって来る方角に向かって、手を伸ばした。
空から血の雨が降り注いだ。
それに当たった魔物たちが、次々と絶命していく。
……戦闘用の魔法を使うのも、大分慣れてきたかな。
そう思いつつ、撃ち漏らしがないかを確認する。
瞬間、強大な魔力のぶつかり合いを感知した。
「……何が起きたの?」
方角は、黄昏の森の奥。
恐らく、私たちの故郷に近い場所。
迷いは一瞬だった。
集落を襲ってきた魔物の全滅を目視で確認した後、その方角に向かって走り出した。
途中、襲ってくる魔物は血の鎌で討伐しつつ先に進む。
その間にも、魔力のぶつかり合いは続いていた。
そうして辿り着いた先には、ノックスがいた。
そして彼に相対するのは、ヴラド。
私が到着した瞬間、ヴラドと戦っていたノックスが吹っ飛んだ。
「ノックス!」
「……大丈夫だ」
私の叫びに、けれどもノックスはすぐに立ち上がる。
そして地面を蹴りヴラドに接近すると、手に持っていた血の刀を振るった。
ヴラドが同じく手に持つ血の刀で、それを受け止める。
私は、その場からヴラドに向けて光の矢を放った。
ヴラドは焦ることなく、ノックスを刀で押し返し、矢を避ける。
彼が避けきった瞬間を狙って、次の魔法を放った。
ポツリ、ポツリ小さな火の塊が彼を中心に浮かんでいる。
その火の塊を繋ぐように、強力な風が渦巻いていた。
火は風を助け、風は火をより大きくする。
けれども、その魔法を力づくで押さえつけるかのように、魔力が渦の中心で発現した。
そして次の瞬間、私の魔法が吹き飛ぶ。
強大な魔力と魔力のぶつかり合いに、魔法が完全には消えず、辺り一体を更地にしていた。
ノックスが魔法で、地面を割る。
丁度その亀裂の中心にいたヴラドは、地の下に落ちる筈だった。
けれどもヴラドは器用に地の壁を蹴って、地上に戻る。
それも私が放った、光の矢を避けながら。
『勿論、楽しいことばかりじゃないよ。けれども街の秩序を保ち街の人を魔物から守るこの仕事を、僕は誇りに思っているよ』
ふと、かつてのヴラドの台詞が頭の中で甦った。
戦いの最中に、他のことを考えるのは愚の骨頂だというのに。
それでも、どうしても思い返してしまう。
この場所は、あまりにも里に近すぎて。
どうしても、在りし日の記憶が甦る。
辛かった。苦しかった。
……この場所で、ヴラドと戦うのは。
どこで、ボタンをかけ間違えたのだろうか。
運命の歯車は、いつ狂ったのだろうか。
何が、彼を追い詰めたのか。
何が彼を、こうさせてしまったのだろうか。
魔法をぶつけ合う度に、殺すために刃を向けるために涙が溢れそうになった。
「ちっ……」
戦いの天秤は、私たちの方に傾いていた。
荒い息を隠せず、ヴラドは僅かに後ろに下がる。
「……忌々しい、時代の落とし子たちよ。何故、お前たちは隠れ住む? 何故、お前たちはその力を活用しない? 私の元にくれば、お前たちは世界がこの世のあるとあらゆるものが手に入るというのに!」
ヴラドの叫びに、違和感を覚えた。
少なくとも私の記憶の中の彼は、こんな口調で話すような人ではなかったから。
けれども、これが魔に堕ちるということなのか……と、半ば無理矢理自分を納得させる。
「そこの女! お前は、私と共に来い! その力、充分に活用させる場を与えてやる」
ヴラドの誘いに、笑った。
「行く訳ないでしょ。ノックスが断ったのに、私だけが行く訳がない」
「な……っ何故、それを」
「……それ以上、ヴラドの声で戯言をほざくな」
ノックスは、怒りを露わにヴラドに近づく。
そして手に持っていた血の剣を、振るった。
「ちっ……!」
ヴラドはその斬撃を避けつつ、魔物のを召喚する。
「アウローラは、そいつらを!」
「ええ」
目の前には、場を埋め尽くす程の魔物。
すぐに、魔法を放った。
大きな土の槌が、宙に浮く。
そしてそれが地面に当たった瞬間、多くの魔物が潰れた。
槌を中心に四方八方に亀裂が広がり、次々と直接槌に当たらなかった魔物たちも地下に落ちていく。
けれども、すぐに屠った魔物の数だけ、再び魔物が現れた。
私が魔法を放ち倒れ、再び魔物が現れる……その繰り返し。
そうしていくうちに、群の三分の一は、街の方に向かって走っていた。
街に行かせないと討伐を続けるものの、キリがない。
次から次へと現れ、一直線に走り猛威を振るう様は、まるで雪崩のようだった。
……人手が足りない。
内心焦りながら、それでもヴラドを逃したくなくて、その場から離れるという決断ができなかった。
ついに、街から救援依頼が垂れ流される。
……どうしよう。街の、人たちが。
惑った瞬間、魔獣が私の腕を喰いちぎった。
「ああっ!」
あまりの痛みに、絶叫する。
「アウローラ!」
そのせいでノックスもまた、ヴラドから手痛い一撃を受けてしまった。
「いいのか? 街に行かなくて。お前たちの大切なお仲間が、皆、死ぬぞ?」
ヴラドが、私たちに囁く。
彼らしくない嘲笑を、浮かべながら。
そうこうしている内に、次々と街の方へと魔物たちが向かっていった。
……行かなければ。
あそこには、エルマやカミル、それから皆がいるのに。
けれども、ここでヴラドを逃してしまえば……また、犠牲が積み重なるだろう。
いつまでも、この地獄は終わらない。
その私の悩みを見透かしたかのように、魔物が動き出す。
同時に、ヴラドが私たちに向けて、魔法を放とうとしていた。
それも、強力なそれを。
ノックスが笑った。
「冷蔵庫だ、アウローラ」
「え……」
その瞬間、ノックスはヴラドの後ろに控えていた魔物ごと空間を隔離させた。
「な……何だ、これは……っ!」
ヴラドは逃げようとしていたが、既に逃れられないほどに渦に飲み込まれている。
「これ以上……兄さんの体で罪を重ねさせる訳には、いかないんだ」
黒い渦が、全てを飲み込む。
ノックスと共に。
「嫌よ……嫌よ、ノックス!」
自然と、涙が溢れ落ちる。
視界がぼやけて、彼の顔がよく見えない。
「君は、皆を捨てられない。そうだろう? この封印を解けば、どうなる」
「……貴方のいない地獄を、一人で生きろと?」
「頼む、アウローラ。俺は、君が君のままで在って欲しい。……大丈夫、俺は少し眠るだけだから」
徐々に、彼が渦の中に消えていく。
「アウローラ!」
彼がそう叫んだ瞬間、私は無意識の内に彼のそれと対となる術式を発動させていた。
その行動に、彼は優しげな顔で微笑む。
「アウローラ。メフィストを止めて、くれ……」
「ノックス……っ!」
「……ご……。……むよ」
呑まれいくノックスの手を掴もうとしたけれども、触れる前に消えて行った。
「……ノックス。ノックス……!」
更地の中に残されたのは私と……大きな石が一つ。
ポツンと置かれたそれは、禍々しいほど黒い。
それは、封印石。
ノックスとヴラドがいる次元と、この次元を隔てる重石だ。
封印したばかりだというのに、壊したい衝動に駆られる。
ヴラドなんて、関係ない。
そんなことより彼がいないことに、耐えられない。
既に、後悔と恋しさで押し潰されそうだ。
震える手を伸ばした。
けれどもその瞬間、再度救援依頼が魔道具を通じて聞こえてきた。
……ああ、ダメだ。
彼の、言う通り。
私は、見捨てられない。
友を、街の人たちを、故郷の人たちを。
走れ!戻れ!
そうでなければ、封印をした意味がなくなる。
そうして私は急いで街に戻り、街を襲う魔物を一匹残らず殲滅したのだった。




