吸血姫は手伝う
家の裏には、四方形のそこそこ広い畑。
ノックスは手慣れた手つきで、徐々に水を与えていく。
ふと、小さな水溜まりに自身の姿がチラリと見えた。
「さっきから苛ついてるけど、何かあった?」
「……どうして、分かったの?」
「水面を見て、顰めっ面してた」
「あー……。外見が変われば、もう少し穏やかに暮らせるのかな、って」
里の人たちは皆、灰色の髪。
そして瞳は真紅以外の何色か。
……それは、人の血が混じった吸血鬼という証。
それに対して、黒髪・真紅の瞳は純粋な吸血鬼の証。
真祖、とも呼ばれる化け物だ。
真祖は、遠い昔に滅んでいる。
永遠とも言える長過ぎる寿命、街一つは簡単に消滅させる魔力。
山をも砕く怪力、半身が吹き飛ばされようとも問題がないほどの回復力……最早この里ですら、御伽噺にしか出てこない存在だ。
混血の末裔の中で、私とノックスはその真祖として生まれた。
普通に考えれば、ありえない。
僅かであろうとも、確かに人の血が混じっているのだから。
あり得ないはずなのに、何故かそう生まれついてしまった。
姿形だけではなく、伝承の通りの力を持って。
私の父と母は、生まれたばかりの私を見て泣き伏したそうだ。
永遠ともいえる永い刻を生きる真祖と、僅か百数十年を生きる混血の吸血鬼。
それはつまり、確実に皆の死を見届けることになる。
積み重なる哀しみに、どれだけの人が心を保つことができるのだろうか……と。
……まあ、真祖の力を恐れられているから、親しくなる以前の問題だけど。
「家族とか、ノックスの家の人たちとか……私のことを理解してくれる人が、いる。何より、ノックスがいてくれる。だから、寂しくはないよ。ただ、視線が煩わしかったり、無闇矢鱈に突っ掛かられることがあるから、面倒だなと思うだけ」
もしノックスがいなければ、私は完全に孤立していただろう。
ノックスも、私が生まれた時には大変な喜びようだったらしい。
その時のノックスの気持ちは、私もよく分かる。
自分と同じ存在は、何よりも心強いものだから。
ふと、ノックスが苦笑した。
「……急にそんなこと言い出したってことは、学校で何かあった?」
「……正解」
里の子どもたちに魔法や勉強を教える場が、学校だ。
七歳以上の子どもは、強制的に通っている。
私も、今年から通い始めていた。
「魔法実技でね、先生が私は端で見学していなさいって指示をしたのよね」
「それは仕方ない。万が一暴発した時、アウローラの魔力を受け止めることができるのは、僕以外誰もいないだろう。逆に、僕らは教わらずとも魔法は使えるから、授業に参加すること自体、無意味だろ?」
真祖は、生まれた時から、基本的な魔法を使える。
呼吸の仕方を教わらずとも当然のように呼吸ができるように、私たち教わらずとも魔法を自由自在に操れる。
「それはそうよ。問題は、その後。私ばかりどうして贔屓するんですかって、クラス内で他の生徒から質問と嫌味の嵐よ」
「あー……それ、僕も通った道だ。結局、どうしたの?」
「授業中は先生が必死に宥めてたわよ。授業の後まで引っ付いて嫌味を言ってきた奴らには、キッチリと拳で語り合ってきたわ」
「僕も全く同じことをしたよ。懐かしい」
「鬱陶しいのよね、本当に。他人と見た目の特徴が違うことって、子どもからすれば良い攻撃材料。一々取り合っていたら面倒だし、拳で語り合うにも力加減が難しいし」
「他人を区別したがるのは、子どもだけじゃなくて、大人もだろ」
「嬉しくない訂正をありがとう。大きくなっても、現状は変わらないってことね」
「そもそも、必要ないと思っているけど。俺たちを化物として区別している奴らと一緒にいる必要、ある?」
彼の問いに、思わず目を瞬いた。
「……そうね。貴方さえいてくれれば、何も問題ないもの」
「光栄だよ」
ノックスはニコリと笑った。
……彼の周りに花が舞っていると錯覚するほどに、壮絶な色気を伴いながら。
その色気に当てられて、自然と顔に熱が集まる。
「さて、アウローラ。君の担当分まで水やり終わったよ」
「え、嘘。あれ、いつの間に……」
「さ、パイを食べに行こう。早く甘いものを食べて、嫌な気持ちを忘れるためにね」
「ありがとう、ノックス」
それから私たちは家に戻って、共にパイを食べた。
ノックスに話して気持ちがスッキリしたおかげなのか、労働後のパイは、とても美味しかった。