吸血姫は、苦笑いを浮かべる
街で暮らし始めてから、約一ヶ月。
ノックスの言葉通り、里の人たちは早くも街に溶け込み始めていた。
互いに慣れることをゆっくり待つ余裕がない、とも言える。
何せ、やるべきことが山積みだ。
瓦礫の除去。
街の外に魔法で吹き飛ばして、粉々に砕く。
頻出する魔物の討伐。
魔法の力が重宝されるそれら以外にも、負傷者の治療・当面の食糧や水それから生活用品の確保、建物の修繕……。
ほぼ、一から街を作り直すレベルだ。
一方で、働き手もかなり減っている。
最早街ではなく、村と表現しても差し支えないぐらいの人口だ。
勿論、ヴラドの捜索も続けている。
とは言え、生活基盤を整えることが先決。
加えて、どこに隠れているか分からない彼を探すのに難航している状況だ。
「すみません、助けて下さい……」
幽鬼の如く青白い顔でフラフラと近寄ってきたのは、ヴァズ。
やることは山積みなのに、上層部が逃げたお陰で役場は完全に機能していない状態。
幾ら魔物から逃げず、街を守ろうとした気骨のある職員だとて、この状態じゃフラフラになっても仕方ないことだろう。
今は非常事態。
しかも、魔物が完全に排除できたとも言い切れず、外と連絡を取ることもままならない。
そのため、まずは残った職員で復興計画を立てているところだ。
ノックスや私も、度々それを手伝っている。
「ヴァズ、大丈夫か?」
「ノックスさん……ありがとうございます。大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、大丈夫じゃないですが、そんなこと言ってられんのです……」
ヴァズは深く溜息を吐いた。
「それはさて置き、ですね。瓦礫の撤去、ありがとうございます。お陰様で西区の撤去は、ほぼ完了と言っても良いレベルです」
「礼は良い。それより、本題は?」
「今のも本題と言えば、本題なのですが……いえ、それでは遠慮なく。想定よりも、食糧の消費が多いです。このままですと、どんなに切り詰めたとしても、後一ヶ月で底をつきます」
恐る恐る出された書類は、在庫と消費推移が記載されたものだった。
「皆、避難生活でストレスが溜まっているみたいだもの……その解消で食に向いても、仕方ないわよね」
書類の数字を追いつつ、呟く。
「状況は分かった。……で? 俺たちに何をして欲しいんだ?」
「案は二つです。一つは、二人のどちらかに街の外へ探索に出て貰い、食料を探し出して来て貰うこと。二つ目は、食糧をさらに切り詰めること。その際、お二人には食糧の護衛をして頂く」
「二つ目はないだろう。新参者の俺たちが恐怖政治をしたところで、誰も従わない。内紛になるだけだな」
「そうね……と言っても、私は切り詰めることには賛成よ。調理を工夫して、炊き出しで使用する食糧を節約する余地はあると思うわ」
「本当ですか! では是非、お願いします」
「後は第三の選択肢になるけど、この地で食糧の生産量を増やすって手もあるだろう?」
「それはそうですが……。手をつけようにも、人員が足りないですし時間がかかります。勿論、いずれ着手しなければならないことですが、なかなかすぐには……」
「ねえ、ノックス。あれを見せてあげれば?」
「そうだな。……ヴァズ、ちょっと付いて来てくれ」
ヴァズを案内したのは、街外れにある私たちが作った菜園だった。
「……な、何ですか!? この広さ!!」
「魔法で土を耕して、作物を植えた。ホレ」
土から掘り出したのは、前世のジャガイモみたいなものだ。
ヴラド探索がてら、里から少し種芋を持って来ていた。他にも豆やら何やら、里で無事だったものは全て持ち出している。
「元々繁殖力が高いんだが、魔法で成長促進をかけているから、来週には収穫できるだろうな」
「やっぱり貴方が開発した植物の成長促進、便利よね。まさか冷蔵庫の進化版を作ろうとして、あの術式ができるとは思っても見みなかったわ」
「時間を進めるのは割と簡単だったけど、停めるのは中々組めないんだよな……」
私たちの雑談に目もくれず、ヴァズは畑の前でプルプルと震えていた。
「やっぱり、早めに伝えておいた方が良かった……わよね? いくら中心街から離れている荒地とは言え、勝手に土地を使ったことには変わりがないし……」
恐る恐る彼に声をかければ、ガバリと彼は顔を上げた。
「ありがとうございます! これで目先の食糧問題が一気に片付くじゃないですか! いやー……凄腕の魔法師とは聞いていましたが、まさかここまでとは……おかげさまで、今日は寝れそうです!」
目をキラキラ輝かせながら、彼はノックスの手を取りブンブンと腕を振る。
「そ、そうか……良かったな……」
「ね、寝ないのは体に悪いわ。やることが多くても、寝た方が効率が良いこともあるし……」
涙を浮かべ礼を言う彼の必死な姿が哀れ過ぎて、つい、二人揃って言葉を詰まらせた。
「早速、配給の計画を見直さなければ! あ、配給する際には、お二人の功績だと大々的に宣伝しますので!」
そんなことを言いつつ、風のように走って去っていく。
「計画の見直しも良いけど、ちゃんと眠るのよー!」
その背に向かって叫んだけど、聞こえたかよく分からない。
「……街役場って、労働環境が酷いのね……」
「……エイシャルも、無理をさせるような人物には見えなかったんだがな。非常事態だから、仕方ないんだろう」
「そ、そうよね……」
そんな会話をしながら、私たちもヴァズの後を追うように街に帰った。




