吸血姫は、我が身を振り返り
水面に映る、自身の姿を覗き込む。
……我ながら、整った顔立ちだ。
初めて鏡を見た時、綺麗な顔で生まれ変われてラッキー、と思ったぐらい。
鼻筋は高く、左右対称の顔立ち。紅を塗らずとも、赤い唇。
まるで、人形のよう。
ふと、髪色と瞳の色が気になった。
頭を彩るのは、漆黒の髪。そして瞳は、赤よりも赤い真紅。
他者と異なるそれから目を逸らしたくて、水面に石を投げつける。
私の名前は、アウローラ。
今年で七歳。けれども、私には前世の記憶がある。
つまり、見た目は子ども中身は大人。
アウローラとして生まれる前、私は地球という星で生きて、死んだ。
死因は事故死。
残念ことに、最後の記憶は冷たい道路。
遠のく意識の中で、これはダメだなー、と思いながら死んだ。
で、気がついたらアウローラとして生まれていた。
神様に会って特別な力を貰っただとか、そんな物語のようなことは全くない。
それでも、気がついたら地球じゃない世界で赤子。
なんてファンタジーな出来事だろう。
自分のことじゃなければ、何の小説? と笑うぐらいには、現実味がない。
「アウローラ。こんな所にいたのか」
聞き慣れた声に、振り向いた。
そこにいたのは、私の幼馴染だ。
「ノックス……どうしてここに?」
私と同じ髪色と瞳の色。
整った顔立ちは、まるで職人が丹精込めて作り上げた、芸術品。
整い過ぎて、逆に怖いぐらい。
けれども、たまに見せる笑顔は優しい。
私より三つ上なだけなのに、大人の色気すら感じられるが。
「アウローラの家に遊びに行ったら居なかったから。アウローラこそ、どうしてこんなところに?」
「……別に。単に、静かな場所で過ごしたかっただけ」
「そっか。……メリーナさんが、アップルパイを焼いていたよ」
メリーナとは、私の母。
「え! それ本当!? なら、戻る」
慌てて立ち上がった私に、ノックスはクスクス笑っていた。
「……そんなに笑うなら、アップルパイはあげないからね」
「あれ? 僕の分、あるんだ」
「流石に一人でワンボールは食べきれないわよ。太るし。ノックスがいらないなら、明日の私のオヤツになるけど」
「いや、いるいる。それじゃ、一緒に帰ろっか」
木々を踏み分け、先へと進む。
慣れていても、気を抜けば迷いそうな道のり。
そうして辿り着いた先が、私たちの住む場所だ。
まるで隠されているかのように、ひっそりと森の中にある里。
里に入れば、住人達とすれ違う。
けれども、誰一人として私たちに声をかけることはない。
目を合わせようとすら、しない。
人口の少ないところだ……皆、顔見知りだというのに。
人が行き交う中、ポツンと私とノックスだけが浮いている。
まず、見た目。
周囲には、誰一人として黒髪・真紅の瞳を持つ人はいない。
皆、髪の色は灰色で、瞳は紅色以外だ。
そして、周囲との距離。
私たちを囲むようにして、ポッカリと空間があった。
皆、顔見知りだというのに、目を合わせることすらない。
まるで、その場に私たちはいないかのような扱いだ。
………慣れてはいても、苛つく。
ノックスの手を引っ張って、さっさと私の家に向かった。
「相変わらず、街中の雰囲気が悪い」
内心のモヤモヤを抑えきれず、つい呟く。
ノックスはクスクスと笑っていた。
「いつものことだから、気にしても仕方ないって」
「まあ、そうだけど。……でも、やっぱり納得できないのよね。皆も私たちも、同じ『化物』でしょ」
ここは、吸血鬼の末裔が集まってできた里だ。
末裔といっても、人間の血が混じった吸血鬼。
けれども、それでも純然たる人から見れば『化物』。
それ故に、人々の迫害を恐れた先祖は、この隠れ里を作り上げた。
そして今なお、外との接触を絶って暮らしている。
「僕らも彼らも『化物』ってことは、否定しないけど。でも、第三者から見たら、僕らと彼らは違うモノでしょ。彼らの生は、たかだか百数十年。長く生きても、二百年。魔力も人よりは多いらしいけど、僕らからしたら圧倒的に少ない」
「それは、分かってるけど。化物が化物を怖れるなんて、滑稽よ」
そう言いつつ、扉を開ける。
「あら、アウローラ。おかえりなさい」
キッチンを覗けば、母がいた。
勿論、灰色の髪色。そして瞳は、綺麗な翠色だ。
手慣れた手つきで、夕飯の準備をしている。
「ただいま、ママ」
「ノックスも、おかえりなさい」
「お邪魔します、メリーナさん」
「ママ、アップルパイは?」
「もう少し時間がかかるわね。待っている間に、裏の畑に水撒いておいて」
「えー……」
「美味しいパイが食べたいでしょう?」
「手伝い大好き。ノックス、行こう」
ノックスは特に不満を口にすることなく、付いて来てくれた。




