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暁に立つ吸血姫  作者: 澪亜
第一章 過去編
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吸血姫は、地獄に立つ(2)

「アウローラ!」


現実に引き戻すためか、ノックスが私の肩を揺さぶった。


「ノックス……」


私が反応したことに、ノックスは安心したように目尻を下げた。

けれどもそれも束の間、彼はすぐに真剣な表情で口を開く。


「……生き残った人がいないか、探しに行くぞ」


「な……」


……何で、そんな冷静なことが言えるの!?


そう叫ぶ前に、けれどもノックスの表情を見て……言葉を飲み込んだ。

ノックスもまた、辛そうな表情をしていたから。


今にも泣きそうで。

まるで、痛いと叫んでいるようで。

涙の代わりに、唇から僅かに血が滲んでいた。



「……そうだね」


感情を押し殺して、震える口で紡いだ言葉。

何て冷たい声だと、自分でも思った。


……結果的に、何人の生き残りを見つけた。

気絶をしている人たち以外からの話を聞くと、突然大量の魔物が街を襲ったらしい。


「でも、それなら警備隊の人が……」


警備隊なら、そんじょそこらの魔物には負けない。

黄昏の森は魔物が他の土地よりも多く出現するとはいえ、今まで里にこんな被害が齎されたことはなかった。


「分からない。分からないんだ……! 何でか、里に魔物が来た時には、既に警備隊の人たちはやられていたって……」


「……そんな……」


「たらればで話していても、仕方ない。もう少し生存者を探して、それからすぐに森から出よう」


感情的になりかけた私を、ノックスの冷静な言葉が押し留める。


「……そうね。そうしましょう」


「森から出るって……人間の里に出るということか!?それこそ、危ないんじゃ……」


「少なくとも、魔物が大量発生している森に留まる方が危険だ。警備隊を壊滅させるような魔物相手に、ここで防戦することは厳しい」


「それは、そうかもしれないが……」


「少なくとも、貴方たちは人間に溶け込める容姿だから大丈夫よ。私たちですら、人間の里に行っても吸血鬼とバレなかったのだから」


「掟を破っていたのか……?」


「今はそんな事議論している暇はない筈だが……事実だ。家族に謝ろうにも、罰則を受けようにも、もう家族もいなければ、罰則を定めた里すらないが」


そう言って、ノックスは皮肉げに笑った。

その笑みに、逆に問いかけた人は力のない笑みを浮かべる。


「そう、だな……その通りだよ……」


「ともかく、一旦ここで休んでいてくれ。……アウローラ」


まずはカミルの家で放った魔法と同じそれで彼らを匿う。

更にその周りを囲むように、魔法で罠を作った。

それは、私の血を媒介にしてできた魔法。

少しでも踏んだら最後、底なし沼のように沈み、逃げられない。

これで彼らが魔物に襲われそうになったとしても、血の沼に沈むか風で引き裂かれるかのどちらかだ。


それから、私たちは再び里の中を徘徊する。


「……何が、あったと思う?」


消火活動をし、瓦礫を退かしつつ私は問いかけた。


「冷静だな、と言おうとしたけど……違うか」


「……だって、今の私たちに立ち止まる時間はないでしょう?」


「そう、だな。……何があったのか、分からない。考えられるだけの、材料がなさ過ぎだ。強いて言うなら、真っ先に警備隊を襲うあたり、知性を持つ魔物が現れたと考られるってことぐらいか」


「そうね……」


「あとは、種類関係なく魔物が群れていることが気になる。基本、同じ系統の魔物しか群れないと思っていたが……」


そうして街の中を歩き回ったけれども、結局それ以上の生存者は見つからなかった。

……否、見つけられない方が良かったのかもしれない。


「……ねえ、ノックス……!あれ!」


私は、遠くに立つ人影を指さす。

見慣れた姿に、冷え切った心が少しだけ温まる心地がした。


「ヴラド(義兄さん)!」


私たちは同時に叫び、そして駆け寄ろうとした……のだけれども。


「ああ……やっぱり、まだ生きていたのか」


そんな冷たい声が、聞こえてきた。

瞬間、幾十もの炎の矢が私たちを襲う。

咄嗟に、私たちはそれぞれ魔法で防御した。


「ヴラド(義兄さん)……?」


呆然と、彼を見つめる。

……その瞳に映るのは、いつもの温かい光じゃなかった。

まるで虫けらでも見るかのような、そんな冷たい視線。


「分かっていた……分かっていたさ。お前が、お前たちが生きていることは」


「な、何を言っているのよ……ヴラド義兄さん」


声が震えた。

こんなヴラドを、知らない。

冷たい声と視線。向けられる殺気。


「死ね!」


瞬間、今度は土から幾つもの棘が現れ、私の身体を突き刺そうと向かってきた。

咄嗟に、私は指を噛んで魔術を構築する。

体から流れる血が、鎌の形になった。

それを振るい、棘を破壊する。


「ちっ……」


ヴラドが舌打ちをしつつ、回避行動を取った。

彼の元いたところには、紅の雫が突き刺さっていた。


「……誰に、攻撃した?」


抑揚のない声。

聞き慣れた筈のそれは、けれども全く聞き覚えがないと思わせる程普段のそれとは全く違う。

チラリ、隣にいるノックスを覗き見た。

彼の表情からはあらゆる感情が削ぎ落ちていた。


「アウローラに攻撃するのは、ヴラドであっても許さない」


そのまま、幾十・幾百もの紅の雫が降り続ける。

それは、自身の血を媒介にして放つ雨。

一つ一つの雫が殺傷能力を持つ、範囲攻撃。

この範囲で、これだけの威力の魔法を連続して出す様は流石としか言いようがなかった。

ヴラドも、その威力に少し焦ったような表情を浮かべていた気がする。


「何故だ……! 何故だ!! 何故、私はお前じゃない!」


避けながら、ヴラドは叫んだ。


「……まさか、それが答えか? 俺たちを攻撃し、里を蹂躙し、人々を殺し尽くした理由が、そんなちっぽけなことなのか?」


熱く叫ぶヴラドに対し、ノックスは言葉を発すれば発するほど冷たい声色になっていく。


「……ちょっと待って。この惨状、ヴラド義兄さんがやったってこと?」


「それしか考えられないだろう? 警備隊が油断していたのも、相手がヴラドということなら納得できる。それに、警備隊でヴラドだけが無傷で生き残っているっていうのが信じられない」


ヴラドが、剣を抜いた。

瞬間、私たちの視界から消える。


……速い。

目では追えるものの、体はついていくのがやっと。


「ちっ……!」


思わず舌打ちをしながら、血の鎌で剣撃を受ける。

けれども受けきれず、私は後ろに吹っ飛ばされた。


「アウローラ!」


ノックスが叫ぶのと同時に、ヴラドがその場で笑い出す。


「あはっ……あはは……あははは!」


壊れたように笑うその様は、見ているだけでゾッとした。


「そうか、そうか。お前たち、実戦経験が圧倒的に足りていないのか。この体には、幾十……幾百もの魔物と戦った記憶がある! だが、お前たちにはない」


痛いところを突かれて、無意識に表情が歪む。

私もノックスも、戦った回数なんてほぼない。

対人戦に至っては、ゼロ。

魔物と戦うことがあっても、魔力量でゴリ押しができた。


「そうかもしれないな」


そう小さく呟きつつ、彼は魔法を発動させる。

その雨から逃げているヴラドを追撃するように、ノックスが彼に迫った。

手には、魔法で構築された血の魔剣が握られている。


「でも、引くわけにはいかないんだ。彼女を害する者は許せないから。……たとえ、ヴラドであっても」


ヴラドと、ノックスの剣が交わった。

けれども次の瞬間、ノックスの剣がヴラドのそれを弾く。

その隙を見逃さず、ノックスは魔法を発動させ、再び紅の雨がヴラドを襲い掛かった。


「くそっ……! くそっ、くそっ……!」


悪態をつきながら、ヴラドは避ける。

けれども容赦のないノックスの連撃に、ヴラドはどんどん傷を増やしていった。


「ふざけるなぁぁ!」


そう叫ぶが速いか否か、ヴラドの周りにいつの間に魔物が群れていた。

まるで彼に従うかのように、魔物がノックスに襲いかかる。


「駄目っ!」


魔法を構築しつつ、咄嗟に口が開いた。

紅に染まった雨が、魔物を穿つ。


「……っ。魔に堕ちなければ、魔物を従えることができない。ヴラド、お前は……!」


ノックスは剣を振りつつ、ヴラドに向かって叫んだ。

魔に、堕ちる。

それは、化け物のなれ果て。

強大な力を得る代わりに、理性を失い、破壊だけを求め続ける。

人間が、御伽噺に残すほど吸血鬼を恐れた最たる理由。

けれども、魔に堕ちるなんて……里で、見たことも聞いたこともない。

それこそ、真祖と同じく御伽噺レベルの話。

存在すら不確かな、眉唾物だったはずだ。


「知るか。とりあえず、この場は引かせてもらうぞ」


ヴラドはノックスの問いに答えることがないまま、いつの間にか消えるように姿を消していた。

追いかけようと、走り出す。


けれども、それを邪魔するように、魔物たちが襲い掛かってきた。

舌打ちしたい気持ちを堪えながら、迎撃する。

……そうして、やっと魔物を倒したのだけど。


……夢なのだと、誰かにそう言って欲しかった。


「義兄さんが……大切な人たちを殺した。その上、里を、破壊し尽くしただなんて……っ」


……そんなこと、信じたくなくて。

体が自然と震える。

……寒かった。

花々が咲き誇る、暖かい季節だというのに。

心の中で吹き荒む冷たい風が、体をも凍えさせる。


そっと見上げれば、ノックスは泣いていた。

……声を押し殺し、顔を手で隠して。

まるで泣いているところを見られれば、咎められるとでもいうかのように。

静かに、密やかに涙を流していた。


衝動的に立ち上がり、彼を抱きしめる。

彼は抵抗することなく、その身を私に預けた。


……どれぐらいそうしていただろうか。

遠くから、魔法による大きな戦闘音が聞こえてきた。


「……行くか」


「……そうね」


体を離し、駆ける。

途中で里の人たちを回収し、そのままエルマとカミルが待つ街へと向かった。


里の皆も流石の脚力で、遅れることなく私たちの後に続いて来る。

おかげでそう時間がかからずに、街に到着した。


けれども、辿り着いた場所は……。

先ほどまでのそれと、全く違う光景だった。

一言で表すなら、地獄絵図。

まるで私たちの里のような、悲惨な状況。


崩れ落ちた建物群。

そして、あちこちに転がる屍。

生きている者たちを、現在進行形で襲っている、数多の魔物。


唯一の救いは、未だ生きている人の方が多そうなことぐらいか。

私たちの里とは違って、街は壊滅していない。

まだ、間に合う。

だからこそ、私とノックスはすぐさま動き出した。


ほぼ同時に放たれた、二つの魔法。

ノックスが放った風の斬撃が魔物を切り裂き、私の風が圧となって魔物を押し殺す。

その後も、ひたすら魔法を放ち続けた。

次の日の朝……完全に、魔物を殺し尽くすまで。


「……終わった?」


魔物の屍を前に、私が呟く。

朝日が眩しくて、目を細めながら。


「そうみたいだな」


「アウローラ! ノックス!」


遠くから、エルマとカミルの声がした。


「二人とも……どうして……」


「家を守ってくれていた魔法が消えたから。それで、二人がこっちで戦っているって聞いたから……」


エルマの視線を辿って周りを見れば、いつの間にか私たち四人の周りには多くの人たちがいた。


ありがとう。

助かった。

ありがとう。

君たちは、英雄だ。


多くの人たちから、そんな声が届けられる。


その感謝の言葉に、嬉しくなって。

けれども同時に、失ったものの多さを思い出す。

だからこそ、哀しくなって。

……心が痛くなった。

そして、その痛みを肯定するかのように、涙が溢れる。


……けれども、それも一瞬のこと。


「……ごめん、少し休むね」


疲れ切った頭では、それ以上何も考えられなかった。

体も限界だったのか、その場に倒れ込む。


「カミルの家に、俺らの知り合いを匿わせて貰った。悪いけど、彼らに食事を与えておいて」


横にいたノックスも、ほぼ同時に倒れ込んだ。

そして私たちは、そのまま意識を失うように眠りについた。


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