吸血姫の商売
2/2
「ノックス。ごはんの時間よ」
「んー……」
三回目の呼び出しだけど、反応が鈍い。
机の上には、ビッチリと術式が書き込まれた紙。
「……この術式の改良を思いついたんだけど」
「え、どこだ?!」
やっとマトモな反応が返ってきたことに、苦笑する。
「聞きたいなら、少し手を休めて食事を摂って。ヴラド義兄さんも、心配していたわよ。研究すると、寝食忘れて没頭するって」
「ゔっ……」
たじろいだノックスをダイニングに連れ込んで食事を摂り、そのままお風呂に入って貰った。
「どう? 身も心もさっぱりしたでしょ?」
「確かに。風呂と食事は偉大だ……」
珍しく、ボウッとしたような表情。
だいぶ、疲れが溜まっていたのかもしれない。
「睡眠も、よ。貴方が研究大好きなのは知ってるし、私たちはそっとやそっとじゃ壊れないけど……無理はダメよ」
「そうだな……。けど、まあ、アウローラがいれば、無理し過ぎることもないだろう」
「信頼してくれてるのは嬉しいけど、自分でも気をつけて欲しいわ」
「善処はする」
しないだろうな、と思ったら、つい笑ってしまった。
「貴方の血は、いつも美味しいけど……やっぱり、生活で味が変わるのよね」
首筋に近づき、匂いを嗅ぐ。
美味しそうな匂いだけど、いつもほど沸き立つそれでもない。
「……降参。気をつける。お前に美味いメシを食わせてやれないなんて、ゴメンだ」
「ふふふ、私も貴方に美味しい食事を食べさせられるよう、気をつけなくちゃね。……どうする? 術式の改良の話、今聞く?」
私の問いに、静かに首を横に振った。
「一区切りついてるし、明日の朝に聞くよ。それより、睡眠だな」
「それが良いと思うわ」
それから二人揃ってベッドに入って、早々に眠りについた。
……そして、その翌日。
朝食を摂り終えてすぐに、術式の改良方法を伝える。
そのまま、ノックスは再び研究に没頭し始めた。
こうなると、長い。
出掛けると伝えてから、着替えて外に出た。
「あ、アウローラちゃん、こんにちは。この前の新商品、良かったよ!」
道を歩いている最中、すれ違った人に声をかけられた。
……昔は、決してなかったことだ。
ノックスと起業し、魔道具を世に送り出した効果か。
「ありがとうございます」
「あ、アウローラちゃん。また新作を出すんだって? 今度、店に寄らせて貰うよ」
「ぜひ、お待ちしています」
そんな風に色んな人たちと話つつ歩き、目的地に到着する。
「カルエ、お疲れ様!」
目的地は、学園来からの友人であるカルエの家だ。
薄灰色の髪は緩やかに巻かれていて、可愛らしい顔立ち。
服装も、それに合うように可愛らしい。
「アウローラこそ、お疲れ様―」
彼女の家は、魔道具を扱う商会だ。
そして、私たちの商品を販売してくれている商会でもある。
私もノックスも残念なことに、人付き合いが下手。
接客もできなければ、商会への売り込みも不得手。
そのため、完成した魔道具の販売は彼女の商会に委託している。
飛ぶように売れて、商会も大盛り上がりだわ、と彼女は笑っていた。
私たちの魔道具のおかげ、と彼女は言ってくれたが、商会の盛り上がりは彼女の商魂の逞しさもあってこそだと思う。
例えばキッチンで使う魔道具だったら、清潔に保つための道具等々をセットで販売するとか、最近は魔道具以外にも少しずつ手を入れているようだ。
……中々強かな商売人、とは彼女の父が苦笑していた。
「次の製品、販売開始日には実演をしてみようと思うのよね。これの良さ、使ってみないと伝わり難そうだし……」
「あーなるほど」
売り出し方のプレゼンを聞いていたけれども、終始圧倒されっぱなしだ。
最早、彼女の目が金貨に見える。
特段異論はなかったので、彼女に任せると伝えて、話し合いは終了。
「……そういえば、イデルって覚えている?」
「……誰だっけ? それ……」
「ほら、学校で同じクラスだった子」
「……あー……」
いた、かも。
全く思い出せないけど、名前だけ薄らと記憶に引っかかるレベル。
「あの子の家、大変らしいの」
「………?」
「魔道具を製作する生業の家、らしいのだけど。ホラ、最近貴女たちの店が大躍進しているじゃない? だから、仕事が随分と減っているみたいで」
「ふーん……」
「子どもの頃、貴女に難癖つけて煩かったでしょう? また同じようなことにならないか、少し心配なの。だから、気をつけてね」
「……身の安全を?」
「まあ、それについては心配してないけど。例えば、変な噂を流されたり、商品に難癖つけたりとか……」
「なるほど……気をつけるわ。教えてくれて、ありがとう。それじゃ、私、そろそろ帰るね」
「ノックスさんにも、よろしく伝えておいてねー」
少し店を覗けば、大勢のお客さんが店内にいた。
人々が楽しそうに商品を手に取る姿を見て、気がついたら口角が上がっていた。
魔道具屋を始めたのは、ノックスと二人でいる時間を確保するためだったのだけど……案外、仕事に愛着が湧いてきたのかもしれない。
そしてその一週間後、私はノックスと共に再びカルエの商会を訪れていた。
今日は新商品の販売日。
新商品は、前世いうところの電動泡立て器。
そこまで需要はないだろう、と予想して、多くは生産していない。
一方で術式を刻む手間を極限まで減らして、値段も落としている。
それこそ、泡立て器を買う時に、それなら魔道具でも良いかな、と選択肢に入れて貰えるように。
その割には、目の前には想定外に多いお客様。
……随分と、事前にカルエが宣伝していたみたいだ。
「皆さまお待ちかねの、新商品の説明をさせて頂きます!」
カルエが前に出てきて、ケーキを作り始めた。
皆さん、こんな困ったな、と思うことはありませんか? でも、大丈夫! そんな時は、この商品!
なんて、昔の広告販売みたいな流れが繰り広げられている。
迫真の演技だな、と、カルエのそれを楽しく見ていた。
そして、彼女が汗水を垂らして見事に実演をやり切った時のことだった。
「でも、その商品って、ノックスとアウローラのところで作られている商品でしょう?」
お客様の興奮を冷ますような、不満げな声が響いた。
「あそこの商品、真祖が作っている商品だから、消費魔力も彼女たちに合わせて作っているって聞いたわ」
「あー、だから動作不良が多いんだ」
その声に同調するような声が二つ。
おお、これがカルエが気をつけて、と言っていたことか……なんて、他人事のような感想が浮かんだ。
そこまで冷静に目の前の光景を見ていられるのには、勿論理由がある。
それは、イデル本人がネガティブキャンペーンをするのか……という衝撃が大きかったからだ。
……普通、こういうのって、イデルは黒幕として裏で糸を引いているものではないのか。
こんな真正面から、首謀者が行動することがあるのだろうか。
……私が、前世でドラマや小説の見過ぎなだけか。
……否、やはり目の前の光景は、あまりにも稚拙だろう。
あまりにも衝撃が強くて、記憶の奥底に眠っていた子どもの頃のイデルを思い出した。
ついでに、彼女に同調してネガティブキャンペーンをやっていたのも、かつてのクラスメイトだという、どうでも良いことまで思い出してしまった。
そういえば、子どもの頃、イデルが難癖をつけるとき、決まって彼女に同調していた二人がいたな……と、懐かしさすら感じる。
「我が商会から商品を購入された方で、すぐに動作不良が起こったことがある、という方はいらっしゃいますか?」
カルエの問いに、店内が静まり返る。
重苦しく気まずい空気に、誰もが居心地が悪そうな態度を前面に押し出していた。
痺れを切らしたらしいカルエが、再び口を開く。
「もし、そのようなことがあれば、すぐにお申し出下さい。すぐに替の商品をお渡しします。……ちなみに、そこのお客様。一体、どこでそのような話を聞かれたのでしょうか?」
真祖が作っている商品だから……と発言したイデルに、その場にいた全ての人の視線が集中する。
「なんで、そんなこと教えなければならないのよ?」
「私は、販売するに辺り、製造者の方に製品の説明を受け理解をしてから販売しています。彼女たちの説明では、どの商品も、必ず消費魔力を抑えるように作ったと説明を受けていたので、一体誰がそのようなコトを言ったのか教えて頂きたく」
「……う、噂よ。噂」
「噂、ですか!?」
カルエは殊更に驚いたような表情を浮かべた。
「根拠も何もない、噂話で営業妨害をされたのですね」
その言葉に、クスクスと様々な方向から笑いが漏れる。
「でしたら、こんな噂は聞いたことがありますか? イデルさんのところの魔導具は販売が伸びていないので、営業妨害を起こそうとしているのですって。怖いですよね」
「失礼よ!」
イデルが顔を真っ赤にして叫ぶが……それは最早、自身が首謀者だと宣言しているような反応だ。
「あら、噂話です。噂話なら、何をこの場で言っても良い、と貴女がたは認識されているのでは?」
再び、周囲から笑いが漏れる。
「ですが、それと営業妨害は別ですね。今回の件は出るところに出て、キチンと決着をつけても良いのですよ」
カルエ、カッコ良い……と、感動した。
そしてこれ以上は分が悪いと感じたのか、三人はそそくさと店を出て行った。
「皆さま、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
カルエの謝罪に、皆は拍手を送る。
実演販売から今のやり取り、全てをひっくるめて一つの芝居を見ているような気分だ。
「製作者の一人、アウローラです」
いつまでも他人事ではいけないので、私も皆の前に立つ。
「私どもとしては、皆様に気軽に使っていただけるよう、可能な限り消費魔力を抑えています。従前の魔道具と遜色はないレベルにまで、です。どの程度、魔力を消費するかも把握しています。ですので、今後は販売をする際に、夫々の商品がどのぐらい魔力を消費するのか、説明書きに含められるように致します」
一息で説明は終了した。
お客様の反応は、好意的なそれ。
……そうして、無事とは言えなくとも、何とか実演販売は終わった。
イデルによる嫌がらせの影響は殆どなく、商品はほぼ売れていった。
ちなみに、あの後、カルエはキッチリと里の行政にイデルの所業を訴えたらしい。
それが決定打となり、イデルは店を閉じたそうだ。
元々店が上手くいっていなかったところに、今回の件が酷く広がって客足が途絶えてしまったらしい。
ネガティブキャンペーンを仕掛けたつもりが、自身のネガティブキャンペーンになってしまった、と。
人を呪わば穴二つとは、まさにこのことだ。
あまりにもお粗末過ぎて、多分、彼女たち自身のことも含め、今回の件は早々に忘れるだろう。
一つだけ忘れる事がないとすれば、カルエのカッコ良さだ。
「……ねえ、ノックス」
「ん?」
「魔道具製造の会社を立ち上げて、良かったわね」
「急にどうした?」
「ほら、この前のカルエの商会で、私も皆の前で説明したでしょ?」
「ああ、そんなこともあったな」
「昔だったら、それこそ難癖をつけてきた人たちに同調する人がいたかもしれない、と思うのよね」
「真祖だから自分たちとは違う、真祖が作る商品は危ない……ってか?」
「うん、そうそう。でも、今回はそんな事なかったのよね。私が前に出て説明しても、皆が耳を傾けてくれたし、受け入れてもくれた。それは、魔道具製作の会社を立ち上げて、少しずつ外と関わるようになった成果かな、って」
「そうだな。俺たちの世界も、少しずつ広がっているんだな」
そうして、私たちは笑い合った。




