吸血姫は、義兄に会う
1/2
それから半年、怒涛のように過ぎていった。
たまに、人間の街に出てはエルマとカミルと衣装やセットの話し合いをしつつ、結婚式のための打ち合わせ。
結婚は楽しみだけど、そのための準備は色々と大変なんだな……と、割と早々に悟った。
そんな訳で、その日はゆっくりしようと二人でのんびりと家で過ごしていた。
「そういえば、ノックス。最近夜遅くまで起きているみたいだけど、そんなに根を詰めて何しているの?」
「ああ、ちょっと魔術の研究で」
「ふーん?」
ノックスに差し出された紙を見て、私は思わず頭が痛くなる。
「何、この難解な式……」
「ホラ、前に冷蔵庫の魔法を改良できないかって話をしていただろう?」
「そうね」
「発想を変えて、いっそのこと冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいままにできないかって思ったんだ」
「……待って。この魔法、まさか……」
「あれ、まさかもう分かったのか?」
「特定の空間を切り出して、その空間の時間を止める。そんな魔法?」
「ご名答。流石、アウローラだ」
「……よく、そんな研究をしようと思ったわね」
「アウローラが前世で見たっていう魔法の物語とかを聞いて、思ってたんだ。魔法の可能性は、無限大なんじゃないかって」
「そう、ね」
「それで研究を始めたんだけど、中々やっぱり難しいな。結構時間をかけてるが、まだまだ使えるレベルになっていない」
私はノックスの式を見ながら、考える。
「ここからここは、空間を指定する式でしょう? で、そこから先の式は……時間を止めるための式かしら。それで更に先は空間を閉じる為の式? あー……でもこれって、莫大な魔力量を使うんじゃない? 一人じゃ到底使いこなせなさそう。それに、一人じゃ空間を閉じることもできないんじゃない?」
「当たり。俺とアウローラ二人の魔力量があって、やっと発動ができる魔法なんだ。それに一人が空間の中から、それでもう一人が外から空間を閉じないといけない。つまり、時間が止まった空間に一人は残らないといけないんだ」
「確かに、これじゃ使えないわね。私たちの魔力量は一般的じゃないし……何より閉じるたびに一人が取り残されるなんて。閉じた空間を開けるのは一人でもできるってことは、救いだけど」
「そうなんだ。それにこれ、空間を閉じたままにするには、外から閉じた人の魔力を消費し続けなければならないんだ」
「うーん、それはしんどいわね。ちなみにここの式、どういう意味なの?」
それから私とノックスは、新たな術式の議論に熱中した。
そうしてあっという間に時間は過ぎて……夕刻、買い出しに外へと出る。
帰りは散歩をかねて、街をぐるりと一周。
そこまで里は大きくないから、端から端まで歩いてもそんなに時間はかからない。
街全体が整備されていて、桜のような花を咲かせる大木を中心に碁盤の目のように街道が整備されている。
その大木より南側が居住区域で、私たちの家があった。
そして北側には、主に行政とか街のための施設が並んでいる。
北側の施設の一つ、警備隊の訓練場で柵越しによく見た人影が目に入った。
「あら、ヴラド義兄さん」
柵に寄り、声をかける。
「アウローラ。久しぶりだね。ノックス共々、元気かい?」
ヴラドもすぐに気がついて、柵に近づいて来てくれた。
「ありがとう。私たちは元気よ。義兄さんったら、たまにノックスと家に行ってもいないんだもの」
「ははは、ごめんごめん。つい、訓練に夢中になっちゃって」
「もう……職務に夢中なのは素晴らしいけれども、たまには休まないと。ノックスも心配していたわよ」
「体が資本の仕事だから、健康には気を遣っているよ。ただ、僕自身が鍛えることは、隊全体に役立つ。隊の負傷率を下げることにね。だから、できる限り時間があるときには鍛えたいんだ」
「流石、警備隊のエースと呼ばれる人の言葉は違うわね」
「はは、恐縮です」
「義兄さんは仕事、楽しい?」
「勿論、楽しいことばかりじゃないよ。けれども街の秩序を保ち街の人を魔物から守るこの仕事を、僕は誇りに思っているよ」
そう言ったヴラドの瞳には、自身の言葉を肯定するかのような強い光が宿っていた。
「そっか。それは素晴らしいわね」
「そういえば、アウローラもノックスと一緒に仕事を始めたんだよね? 楽しんでる?」
「うーん……それがまだ、本格的には始まってないのよ。今のところ、昔に発明したものを改良するぐらい。だから、これからが楽しみってところかしら」
同居を始めた時に、ノックスは仕事を始めた。
いつまでも実家に頼りっぱなしではいられないと、至極真っ当な理由で。
ノックスは頭良し、運動神経も良し、オマケに魔法の腕も良し。
真祖ということを差し引いても、それこそ引く手数多だった。
それでどんな仕事を始めるのかと思いきや、発明した道具や術式で収益を得る会社を興した。
昔、私の無茶振りで開発し、世に出ていないものは多々ある。
それらを売りに出すだけで、十分に生きていけるだけの金は稼げるし、何より時間に融通がきくのが良いとノックスは言っていたっけ。
私たちの時間は無限にあるけれども、少しでも一緒にいる時間を増やしたい。
そう彼が言ってくれた時には、赤くなる顔を隠すので精一杯だった。
結局私もその会社に就職したから、彼の目論見通り四六時中一緒にいるようなものだ。
私もノックスと小さい頃から一緒にいて魔法に関してあれやこれやと議論したおかげで、それなりに知識は溜まっている。
そのため、当時彼が作った術式の改良を任される程には仕事をしていた。
「……二人が、羨ましいよ」
そう言ったヴラドの声が沈んでいるような気がした。
「義兄さん?」
「二人の店が上手くいくことは、目に見えているからね。今からその光景が目に浮かんで、眩しく思っただけだよ。是非とも新作が出たら、教えて欲しいな」
けれども先程のそれは気のせいだったと思うぐらいに、ヴラドの声色はいつも通りだった。
「うん、お得意様には勿論入念に宣伝させていただきますよ」
「はは、それは楽しみだな。……そういえば今更だけど、珍しいね。アウローラ一人でこの時間に出歩いているのは」
「そうかしら?」
「そうだよ。アウローラが一人で歩くのって、君たちの家と実家の往復ぐらいじゃないか? 他、基本的にノックスと一緒にいるよね」
「あー……そうかもしれないわね」
恥ずかしくて、つい苦笑いを浮かべた。
「けれどもノックスは今、新しい術式に夢中だから。夕食の買い出しだけだし、それで一人で来たの」
「寝食を忘れないよう、アウローラが管理してやってくれ。アイツ、研究に夢中になるとすぐ忘れるから」
「分かっているわ。……訓練の邪魔をしちゃって、ごめんなさいね。それじゃ、また」
「うん、またね」
ヴラドに別れを告げて、その場を立ち去る。
そして買い出しを済ませて、家に戻った。




